屋台に戻った後、父に少しだけ時間をもらい、花火を観に土手にやってきた。
「ええっ⁉ 毎月見てたの⁉」
大勢の人々がひしめく土手で、乃木くんの驚く声が上がった。
「ちなみに最初に見たのはいつ?」
「中1。何月かまでは覚えてないけど、半袖着てたから夏頃かな」
そう答えて、父特製の焼きそばを口に運ぶ。
「マジかよ……。初めて告白されたの夏なんだけど」
「そうなの⁉ なんかごめん! でも全部は見てないから! 高校は2回だけだし」
「それでも恥ずかしすぎるよ。皆吉さんのバカっ、覗き見魔っ」
また悪口を吐くと、やけ食いするように焼きそばをかき込んだ。
わざとじゃないのに酷いなぁ。でも、私もきっと、店番してるの昔から見てたよって言われたら同じ反応すると思う。バカのオンパレードにはなるかわからないけど。
「今まで見た目が好きって言う人がほとんどだったけど、断る姿にときめいた人は初めてだよ。皆吉さんって変わった人だったんだね」
ソースを口周りに付けた乃木くんがクスッと笑った。
……まぁ、確かに長年同じ台詞を耳にしてたら、よっぽど一途な人でない限り、告白しても望みはないなと諦めそうだよね。
だけど、私以上に変わってるのは……。
「そういう乃木くんは? 私のどこに魅力を感じたの?」
「……ん!」
口をモゴモゴさせながら、焼きそばを指差している。
「1年の時に、調理実習あったの覚えてる?」
「覚えてるよ。同じ班だったよね」
記憶をたどり、当時を思い浮かべる。
3年前に行われた、中学に入って初めての調理実習。
食欲の秋ということで色んな味を楽しみましょうと、班ごとに違うものを作ることになり、私達の班は焼きそばを任された。
「手際いいし、アドバイスはわかりやすいし、おまけに料理の腕はピカイチ。前から一目置いてたんだけど、それで完全に落ちてさ。だから今日、また一緒に食べられて嬉しいよ」
「それは……どうもありがとう」
直球すぎる褒め言葉に照れて視線を落とす。
初心者みたいだったから、切り方のコツを教えただけなのに。小学生の頃から熱心に指導してくれた両親に感謝しなきゃな。
「乃木くんがこんなに焼きそば好きだとは思わなかった。言ってくれたら詳しく教えたのに」
「本当はそうしたかったんだけど……俺、こんな顔だからさ。むやみに話しかけたら迷惑かけちゃうと思って」
切なげに語った彼の目が下に向いた。
華もオーラも、チャームポイントでさえない私からしたら、乃木くんの容姿はのどから手が出るくらい羨ましい。
けどその分、毎日注目を浴びては毎月のように告白される。それもほぼ全員、容姿に惹かれたという同じ理由で。
クラスメイトで同じ班なら、2人で会話なんて日常茶飯事。よくあること。
でも、乃木くんレベルのモテっぷりなら、異性と話しただけで噂が立つのもおかしくはないか……。
イケメンにも苦悩があるんだなと思っていたら、突然、ひゅるるるる〜と始まりを告げる音が聞こえた。
ドンッドンッと絶え間なく上がる花火に、会場は大盛りあがり。好物を食べていた私達でさえも、その鮮やかさに思わず箸が止まってしまうほど。
「綺麗だね。なんか感動しちゃった」
「私も。こうやって観るの小学生ぶりだから、技術の進化にビックリしてる」
「小学生? 毎年観てるんじゃないの?」
「ないよ。お祭りには毎年参加してるけど、この時間はいつもテントの中で作業してたから。観れたとしてもフィナーレがほとんどだった」
「じゃあ、最初からは初めて?」
「うん。なんなら家族以外の人と観るのも初めて」
「マジ? 俺もだよ。お揃いだね」
クシャッと笑いかけられて、思わず息を呑んだ。
花火の光に照らされた顔が綺麗だったから。距離が近くてドキッとしたから。
というのも嘘ではないのだけれど……。
「乃木くん」
「ん?」
「……また付いてる。紅しょうが」
「ええっ⁉ また⁉」
こそっと教えると、花火に負けないくらい目がまん丸に。焼きそばをレジャーシートの上に置き、トートバッグからティッシュを取って渡した。
さっきかき込んでたせいかな。それにしても、前回と場所も具材も同じって。
「……ねぇ、もしかしてあの時食べてたのって、焼きそば?」
「…………今それ言わなきゃダメ?」
ふと気になって尋ねたら、ジト目で言い返されてしまった。
ちゃんとした答えではなかったが、否定しなかったということは図星だったようだ。
「学校でも食べるくらい好きなんだね。お弁当に入れてもらってるの?」
「……たまに。あの日はたまたま購買で安く売ってたから買っただけ」
「そうだったんだ。私も入れてもらってるよ。お揃いだね」
「……ん」
口を一文字にしてうつむいている。
好きだけど毎日じゃないから! と強調しているのが感じられるけど、この様子だとしょっちゅう食べてそうだな。
いじける姿を微笑ましく見ていたら、わぁっと歓声が上がった。
顔を正面に向けると──少しいびつな形をしたハートの花火が1輪。
「皆吉さん、好きです。付き合ってください」
「え、ちょっ、今⁉ 早くない⁉」
「鉄は熱いうちに打てって言うじゃん。ほら、あの2人も」
不意打ちの告白に戸惑いつつ、彼が指を差す先をたどる。
私達の斜め下で花火を観賞する千葉さんと手島くん。会話の内容は聞こえないが、両者とも笑顔を浮かべている。
「お返事、聞かせてくれませんか?」
視線をクラスメイトから隣の彼に移した。
優しくも奥に熱を秘めた眼差し。
もう既に知ってるくせに。そう思いながらも。
「……私も、乃木くんが好き」
目を合わせてゆっくり言葉を紡ぐと、端正な顔がふにゃっとほころんだ。
見た目も性格も境遇も正反対。共通項は好物以外ほぼゼロ。
だけど、案外似た者同士だったりして。
「また来年も、一緒に観ようね」
「うん」
一足早く約束を交わし、夜空に咲き続ける大輪の花火を目に焼きつけた。
END
「ええっ⁉ 毎月見てたの⁉」
大勢の人々がひしめく土手で、乃木くんの驚く声が上がった。
「ちなみに最初に見たのはいつ?」
「中1。何月かまでは覚えてないけど、半袖着てたから夏頃かな」
そう答えて、父特製の焼きそばを口に運ぶ。
「マジかよ……。初めて告白されたの夏なんだけど」
「そうなの⁉ なんかごめん! でも全部は見てないから! 高校は2回だけだし」
「それでも恥ずかしすぎるよ。皆吉さんのバカっ、覗き見魔っ」
また悪口を吐くと、やけ食いするように焼きそばをかき込んだ。
わざとじゃないのに酷いなぁ。でも、私もきっと、店番してるの昔から見てたよって言われたら同じ反応すると思う。バカのオンパレードにはなるかわからないけど。
「今まで見た目が好きって言う人がほとんどだったけど、断る姿にときめいた人は初めてだよ。皆吉さんって変わった人だったんだね」
ソースを口周りに付けた乃木くんがクスッと笑った。
……まぁ、確かに長年同じ台詞を耳にしてたら、よっぽど一途な人でない限り、告白しても望みはないなと諦めそうだよね。
だけど、私以上に変わってるのは……。
「そういう乃木くんは? 私のどこに魅力を感じたの?」
「……ん!」
口をモゴモゴさせながら、焼きそばを指差している。
「1年の時に、調理実習あったの覚えてる?」
「覚えてるよ。同じ班だったよね」
記憶をたどり、当時を思い浮かべる。
3年前に行われた、中学に入って初めての調理実習。
食欲の秋ということで色んな味を楽しみましょうと、班ごとに違うものを作ることになり、私達の班は焼きそばを任された。
「手際いいし、アドバイスはわかりやすいし、おまけに料理の腕はピカイチ。前から一目置いてたんだけど、それで完全に落ちてさ。だから今日、また一緒に食べられて嬉しいよ」
「それは……どうもありがとう」
直球すぎる褒め言葉に照れて視線を落とす。
初心者みたいだったから、切り方のコツを教えただけなのに。小学生の頃から熱心に指導してくれた両親に感謝しなきゃな。
「乃木くんがこんなに焼きそば好きだとは思わなかった。言ってくれたら詳しく教えたのに」
「本当はそうしたかったんだけど……俺、こんな顔だからさ。むやみに話しかけたら迷惑かけちゃうと思って」
切なげに語った彼の目が下に向いた。
華もオーラも、チャームポイントでさえない私からしたら、乃木くんの容姿はのどから手が出るくらい羨ましい。
けどその分、毎日注目を浴びては毎月のように告白される。それもほぼ全員、容姿に惹かれたという同じ理由で。
クラスメイトで同じ班なら、2人で会話なんて日常茶飯事。よくあること。
でも、乃木くんレベルのモテっぷりなら、異性と話しただけで噂が立つのもおかしくはないか……。
イケメンにも苦悩があるんだなと思っていたら、突然、ひゅるるるる〜と始まりを告げる音が聞こえた。
ドンッドンッと絶え間なく上がる花火に、会場は大盛りあがり。好物を食べていた私達でさえも、その鮮やかさに思わず箸が止まってしまうほど。
「綺麗だね。なんか感動しちゃった」
「私も。こうやって観るの小学生ぶりだから、技術の進化にビックリしてる」
「小学生? 毎年観てるんじゃないの?」
「ないよ。お祭りには毎年参加してるけど、この時間はいつもテントの中で作業してたから。観れたとしてもフィナーレがほとんどだった」
「じゃあ、最初からは初めて?」
「うん。なんなら家族以外の人と観るのも初めて」
「マジ? 俺もだよ。お揃いだね」
クシャッと笑いかけられて、思わず息を呑んだ。
花火の光に照らされた顔が綺麗だったから。距離が近くてドキッとしたから。
というのも嘘ではないのだけれど……。
「乃木くん」
「ん?」
「……また付いてる。紅しょうが」
「ええっ⁉ また⁉」
こそっと教えると、花火に負けないくらい目がまん丸に。焼きそばをレジャーシートの上に置き、トートバッグからティッシュを取って渡した。
さっきかき込んでたせいかな。それにしても、前回と場所も具材も同じって。
「……ねぇ、もしかしてあの時食べてたのって、焼きそば?」
「…………今それ言わなきゃダメ?」
ふと気になって尋ねたら、ジト目で言い返されてしまった。
ちゃんとした答えではなかったが、否定しなかったということは図星だったようだ。
「学校でも食べるくらい好きなんだね。お弁当に入れてもらってるの?」
「……たまに。あの日はたまたま購買で安く売ってたから買っただけ」
「そうだったんだ。私も入れてもらってるよ。お揃いだね」
「……ん」
口を一文字にしてうつむいている。
好きだけど毎日じゃないから! と強調しているのが感じられるけど、この様子だとしょっちゅう食べてそうだな。
いじける姿を微笑ましく見ていたら、わぁっと歓声が上がった。
顔を正面に向けると──少しいびつな形をしたハートの花火が1輪。
「皆吉さん、好きです。付き合ってください」
「え、ちょっ、今⁉ 早くない⁉」
「鉄は熱いうちに打てって言うじゃん。ほら、あの2人も」
不意打ちの告白に戸惑いつつ、彼が指を差す先をたどる。
私達の斜め下で花火を観賞する千葉さんと手島くん。会話の内容は聞こえないが、両者とも笑顔を浮かべている。
「お返事、聞かせてくれませんか?」
視線をクラスメイトから隣の彼に移した。
優しくも奥に熱を秘めた眼差し。
もう既に知ってるくせに。そう思いながらも。
「……私も、乃木くんが好き」
目を合わせてゆっくり言葉を紡ぐと、端正な顔がふにゃっとほころんだ。
見た目も性格も境遇も正反対。共通項は好物以外ほぼゼロ。
だけど、案外似た者同士だったりして。
「また来年も、一緒に観ようね」
「うん」
一足早く約束を交わし、夜空に咲き続ける大輪の花火を目に焼きつけた。
END