「お財布、ハンカチ、ティッシュ……」

 夏祭り当日。ベッドの上に広げた小物を1つずつかごバッグに入れた。

 巾着袋の紐を締め、連絡が来ていないかスマホを手に取る。

 告白現場に遭遇したあの日以来、乃木くんとは一度も会話をしていない。

 教室にいる時は勉強に没頭したり、ゆま達とおしゃべりしたり。放課後も、チャイムが鳴った瞬間、真っ先に教室を出ていって。

 そんな日々を繰り返していたら、夏休みに突入してしまった。

 はぁ、とため息を漏らす。

 気まずい現場を見てしまったとはいえ、避け続けたのは感じ悪かった。何も知らないあっちからしたら、訳もわからず避けられているんだもん。せめて挨拶はすべきだった。

 スマホを置き、紙袋から浴衣を取り出した。

 待ち合わせまで、あと2時間。家のことを打ち明ける時間が刻一刻と迫ってきている。

 胸に手を当てて深呼吸をする。

 遅かれ早かれバレるだろうと思って、結局全員に話すことにしたけれど……驚かれるどころか、水くさいと返されちゃうかな。

 けど、この2週間、自分なりに交流して、たくさん人となりに触れてきたから。大丈夫、みんなを信じよう。

 確認を続けていると、補整用のタオルがないことに気づいた。部屋を後にして1階へ下りる。

「心配するな。俺1人でも大丈夫だから」
「でも、それだとあなたが……」

 リビングから言い合う声が聞こえて足を止めた。出発前なのにやけに騒がしいな。

「どうしたの?」

 ドアを開けると、両親がパッとこっちを向いた。子供に聞かれたからか、どちらも気まずい表情を浮かべている。

「喧嘩?」
「ううん。ちょっと、ね」

 チラッと目配せした母に父が苦笑いで返す。
 この空気感……何か問題事が起きたっぽい。

「実は、さっき病院から電話があって。おばあちゃんが熱中症で倒れたそうなの」
「ええっ⁉ っだ、大丈夫なの⁉」
「大丈夫。今は回復していて会話もできてるらしいわ」

 安心して体の力が抜けた。

 母方の祖母は毎日散歩するくらいとても活発。だが、歳は70代後半。心は元気でも体はそうともいかない。

 高齢者の熱中症は特に危険だっていうし。とにかく無事で本当に良かった。

「念のため、今日は入院するんですって」
「そっか。なら安心だね」
「ええ。ただ、手続きのために病院に行かなくちゃいけなくて……」

 沈んでいく表情。気まずい顔だった理由と潜んでいる不安を瞬時に察した。

「だから大丈夫だって。昔は1人でも回してたんだから」
「でも、それだと休憩できないじゃない。昔と今じゃ気候も違うのよ? もし何かあったら……」
「……私がやるよ」

 口論し始めた両親にボソッと口を挟んだ。

「ダメよ! 今日はお友達と約束があるんでしょう?」
「そうだぞ! 緊急事態だからって先約を放棄するのは……」
「でもっ、今はおばあちゃんのほうが大事だよ!」

 反抗するように声を張り上げた。

 お父さんの言う通り、ドタキャンは相手に迷惑をかける行為。ましてや集合時間直前。信用をなくす恐れだってある。

 しかし、祖父は数年前に他界。伯父と叔母も地方にいるため、今頼れるのは地元に住んでいる母のみ。

「大丈夫。お祭りは来年も行けるし。早く行ってあげて」
「っ、ごめんね……」

 母の背中を押すと涙声で謝られた。父も瞳をうるうるさせている。

 おばあちゃんが心配で、お父さんの負担を減らしたくて決めた。逃げたわけじゃない。

 ……けど、少しホッとしている自分もいる。

 万が一あの人に遭遇しても、お父さんと一緒にいれば安全だから。

 それに……彼の好きな人を見なくて済む。

 急いで2階に戻り、グループチャットにキャンセルの連絡を入れた。





「いらっしゃいませ」
「焼きそばを4つください」
「4つですね。お箸は何膳お付けしますか?」
「3膳でお願いします」
「かしこまりました。少々お待ちください」

 熱気で包まれたテントの中、鉄板の上の焼きそばをトングで掴み、容器に入れて封をしていく。

「お待たせしました。焼きそば4つとお箸3膳です。熱いのでお気をつけください」

 お金を受け取って商品を渡し、次のお客さんへ。

 野菜とお肉、麺が焼ける音と、香ばしいソースのにおい。食欲をそそられつつも忙しなく動き回る。

「笑万、休んでいいよ」
「はーい」

 ようやく列が途切れたので、お言葉に甘えて休憩することに。パイプ椅子に腰かけ、タオルで汗を拭う。

 節目の年だからか、今年は一段と賑わっている様子。家族連れや若者はもちろん、普段は滅多に見かけない外国人らしき人もいる。

 断る時は心苦しかったけど、着いてきて正解だった。もしお父さん1人だったら、目が回りすぎて倒れちゃってたと思うから。

 練り歩く人々を眺めながら水筒のお茶を飲む。

 それにしても、ゆま達はどこにいるんだろう。浴衣姿の人はちらほら見かけるけど、カップルばかりなんだよね。

 椅子の下のトートバッグからスマホを取り出す。

 時刻は午後6時過ぎ。食いしん坊のゆまなら、きっと今頃お腹をぐーぐー鳴らしているはず。

 ドタキャンしたとはいえど、同じ会場にいるなら一目会いたい。それにまだキャンセルした本当の理由を話せていないし。食事中かもしれないけど、一応教えておこう。

 優しい返事で溢れるグループチャットに文字を打ち込み、送信。

 した直後、「こんばんは~」と聞き馴染みのある陽気な声に顔を上げた。

「都丸さん! お久しぶりです! 今年も巡回ですか?」
「はい。これから休憩に入るところです。いやぁ、今年も大盛況ですねぇ。人酔いするかと思いましたよ〜」

 久々の再会に話を咲かせる大人2人。めちゃくちゃ歩き回ったのだろう、グレーのTシャツが大量の汗でダークグレーになっている。

「先生、こんばんは」
「皆吉さん! こんばんは。お仕事お疲れ様です」
「先生こそ、巡回お疲れ様です。今年も買っていきますか?」
「もちろん。1ついただこうかな」

 スマホをしまい、手を消毒して店番再開。焼きそばを炒める父の隣で作業する。

「あ、そうそう。さっき仁田さん達を見たよ」
「本当ですか? どこにいました?」
「イベントステージの近く。これからご飯を買いに行くって言ってたから、皆吉さんのお店をオススメしておいたよ」

 ボトッと、トングから焼きそばが落ちた。

「……あの、それって何時頃でした?」
「20分くらい前かな」

 一足遅かった……。

 勝手に教えないでくださいよ。と思ったけど、屋台のことは口止めしてなかったんだった。

 まぁ、悪気があったわけじゃないし。説明する手間が省けたからよしとするか。

 薦めてくれた感謝と後半戦も頑張ってくださいという意味を込めて、特別に紅しょうがを多めに乗せた。

 先生を見送り、調味料と容器の補充を行う。

「こんばんは~。笑万っ、焼きそば買いに来たよ!」

 ゴンッ。

 突然すぎて、頭を作業台にぶつけてしまった。

 藤色に白い牡丹柄、白地に赤の椿柄。髪型は全く違うけれど、笑顔で手を振る姿は数日前に見たばかりで。

「やっほー。お仕事お疲れ様!」
「都丸先生に教えてもらって来ちゃいました〜!」

 頭を擦りつつ立ち上がると、特大クレープを持ったゆまと、巨大綿あめとりんご飴を持った山谷さんが手を振っている。

 先生と別れてわずか数分。まさかこんな早く来るとは……。

「美味しそう〜。山盛りだぁ」
「はぁぁぁ、幸せのにおいがする……」
「……ごめんね、ずっと黙ってて」
「いいのいいの〜。元々お手伝いで忙しいって言ってたんだし。緊急事態ならしょうがないよ」
「うんうん! もし食べたい物があったら言ってね。私達で買ってくるから! ね!」
「おぅ」

 優しさと寛大さに改めて感動していると、ゆまが後ろに顔を向けた。

 彼女の背後に立つポンパドールヘアの男の子。目を見張り、慌ててエプロンを入れたトートバッグに手を伸ばす。

「こんばんは。焼きそば1つください」

 注文が入り、ピタリと動きを止める。

 助けを求めようと隣を見るも、2人は焼きそばを作る父に夢中。

 仕方ない、ここは我慢するか……。

「ありがとうございます。見張り、バレちゃったの?」
「うん。イベント観に行った時に見つかってさ」

 はははっと笑う手島くんの服装に目を移す。

 黄色いアロハシャツに淡いブルーのデニムパンツ。

 夜道対策で選んだのかもしれないけど、見つからないのが逆におかしい組み合わせだよ。

「そっか。ちなみに、その荷物は……?」
「あぁ、これは、浴衣の天使達に連れ回されて」

 苦笑いでビニール袋を見せてきた。

 右は焼き鳥とベビーカステラ。左はイカ焼きとポン菓子、お好み焼き。どうやら荷物持ちを頼まれたらしい。

「大変だね……。乃木くんと千葉さんはいないの?」
「あー、それが途中まで一緒だったんだけど、なんか用事があるからって、2人でどっか行っちゃった」

 輪ゴムで封をする手が止まる。

 用事……? 買い忘れた物があったとか? でも、それなら隠す必要なくない?

 仮に気を遣ったとしても、用事という言葉で濁すにはかなりよそよそしい気が……。

「みんなごめーん!」

 商品を渡し終えた直後、その場にいる全員が一斉に横を向いた。

 以前にも見た、モノトーンの浴衣と黄色の帯。
 長い髪は綺麗にまとめられていて、唇にはほんのり赤い色が乗っている。

 そんな圧倒的存在感を放つ彼女の後ろには──ベージュのキャップを被った全身真っ黒の男の子が1人。

「こんばんは! 笑万のお友達?」
「はい。同じクラスの千葉です。皆吉さんち屋台やってたんだね!」
「う、うん。言うの遅れてごめんね」
「やだぁ、気にしないで! 顔見れただけでも嬉しいし! そのピンクの服可愛いね〜」

 千葉さんに向いていた視線が今度は私に集まった。

 オシャレで華やかな美男美女軍団。
 対する私は、ポケット部分にお花のアップリケがついた無地の割烹着。

 わかってる。その眩しい笑顔を見れば、本心から出た感想だってことくらい。

 ありがとう。お母さんからの入学祝いなんだ。
そう返したいけど……。

「ほら、皆吉さん困ってるから。つーか何してたんだよ」
「別に。ただの世間話よ」
「世間話ぃ? 本当に? 怪しい話でも持ちかけてたんじゃねーだろうなぁ?」
「皆吉さん、私も1個ください!」
「はいっ。ありがとうございます」
「おい、無視すんなよ」

 目の前で口論が繰り広げられる中、せっせと作業に取り組む。

 学校の時と変わらず、平常運転の2人。

 ただ……1つ違うのは、千葉さんが頑なに彼と目を合わせようとしないところ。

「いい加減にしろ。何企んでんだよ。まさか、密会⁉」
「はぁぁ⁉ な、なに言ってんのよ!」

 しびれを切らした彼が顔を覗き込んだ。

 途端に赤くなる頬と耳。そして泳ぐ目。

 ──あぁ……そういうこと。

「千葉さん、ごめん。割り箸のストックがなくなってたからちょっと取ってくるね」

 早口で言い残し、テントを抜け出した。

 バカだな私。こんなにも特徴に当てはまる人が近くにいたのに。どうして気づかなかったんだろう。

 あの時、乃木くんはずっとうつむいていた。

 彼の性格上、単に説明するのが面倒だったからとも考えられる。だけど、それなら長引く前にハッキリと答えるはず。

 なのに沈黙を貫いていたということは……。

 駐車場の前で立ち止まり、割烹着のポケットに手を入れる。

 応援するなら、せめて髪型だけでもオシャレにしようと思って持ってきたけど……もう、必要なかったか。

「あれれ〜? 皆吉?」

 桜の髪飾りをしまおうとした瞬間、誰かが私の名前を呼んだ。

「なんでこんなとこにいんのー? ってか若作りはどした?」

 茶髪に主張の強いネオンカラーの服。首元には、重ねづけされた複数のネックレス。

 振り向くと、1番会いたくなかった人が友人を連れてやってきた。

「若作り? 何の話?」
「こないだバッタリ会ってさ。浴衣買ってたんだよ。花柄のすっげー可愛いやつ」
「マジ? この顔で? 度胸あるなぁ。俺だったら絶対無理」
「俺も。逆に地味顔が引き立ちそうじゃね?」

 クスクスと含み笑いを浮かべている。

 初対面の人に向かって……と思いきや、よく見たら全員小学生の頃の同級生だった。

 名前が出てこないが、再会して早々悪口を言う時点で、この人達も彼と同類の人間なのだろう。当時と何1つ変わっていない姿に呆れて物も言えない。

 相手をしても無駄だと思い、無視して立ち去る。

「ちょっと、どこ行くんだよっ」

 しかし、逃がすまいと肩を掴まれ、その拍子に髪飾りを落としてしまった。

「あっ、これ浴衣と一緒に買ってたやつじゃん!」
「マジ? うわぁ、こんな地味おばさんに買われて可哀想〜」
「えーんえーん、もっと若くて可愛い子に買ってもらいたかったよぉ〜」

 拾おうと急いで屈んだが、一足遅く。髪飾りは彼らの中に。

 数人がかりで1人を虐げるこの光景。場所は違うものの、先週見た夢とほぼ同じ。

「やめて……っ」

 悪夢の再来に怯むも、負けじと手を伸ばす。

 夢の中では、味方はおろか、助けてくれる人さえいなかった。けど、ここでは違う。

 さりげない気遣いで支えてくれる人がいる。
 直球で褒めてくれる人がいる。
 日々の小さな努力を見てくれている人がいる。

 私は、1人じゃない。

 そう気を強く持って立ち向かうけれど……。

「返してよっ」
「ぶははっ、ピョンピョン跳んでる」
「ぶりっ子ババアきめぇ〜」
「おいおい、あんま無理させんな。膝が壊れちゃうって」
「平井、こっちによこせっ」

 どうして……?

 私はただ、家族の力になりたくて。お客さんの喜ぶ顔が見たくて手伝っていただけなのに。

 私が一体何をしたっていうの……?

 背の高さを利用してもてあそぶ彼らの姿が、徐々に涙で滲んでいく。

 ダメ。こんなこと思ったら、お父さんとお母さんが悲しむ。

 けど……もう少し可愛かったら、綺麗だったら。
 もっと、自分に自信が持てたのかな。

「へーい、こっちにもちょうだーいっ」

 涙がこぼれそうになったその時、新たにパスを求める声が乱入してきた。

 もう終わりだ……と絶望したが、どこか気だるげな声色は聞き覚えがあった。

「よし、奪還成功」

 髪飾りが飛んでいったほうを向いたら、上下黒い服に身を包んだ男の子が立っていた。

「あの、その子から離れてもらえませんか?」
「はぁ⁉ なんだよお前! 仲間のふりして邪魔しやがって!」
「騙すなんて卑怯だぞ!」

 突如現れた乱入者に大激怒した彼ら。今にも殴りそうな勢いで乃木くんへ近づいていく。

 だけど、乃木くんは逃げも隠れもせず、帽子のつばをクイッと上げて……。

「卑怯? 人の大切な物を奪ったあげく、4人がかりで追い詰めるあなた達のほうがよっぽど卑怯だと思いますけど」

 ドスの利いた声で言い返し、鋭い眼光で睨みつけた。

 威圧感溢れるその姿は、まさに一触即発。

 最初は逆上していた彼らも、身の危険を感じたのか、尻尾を巻いて逃げていった。

「良かった、間に合って」
「っ……な、なんで」
「割り箸のストック、バッグの中にあるから大丈夫だよって、言いにきた」

 伝言とともに髪飾りを受け取る。

 あぁ、私はなんてまたバカなことを。
 不自然すぎる口の挟み方をした上に、車の鍵すら持っていかなかった。

 明らかに逃げ出すための口実だってバレバレだったのに……。

「……ごめんね、ありがとう」
「いえいえ。それと、千葉さんとのことで誤解させちゃったの、解きたくて」

 下げていた頭をパッと上げる。

「誤解……? 告白したんじゃなかったの?」
「うん。ん? 俺が告白? なんで?」
「ずっとうつむいてて無言だったから。話を振られたくなくて黙ってたんじゃないかって……」
「違うよ。黙ってはいたけど、あれは焼きそばに釘づけだったからで。俺が千葉さんのこと好きだと思ってたの?」
「えっ、違うの?」

 面食らって瞬きを繰り返す私達。予想の斜め上すぎる展開に、溢れかけていた涙も引っ込んでしまった。

 話が噛み合わなくてややこしくなっているが、どうやら好きな人は千葉さんではないらしい。

 だとしたら何の話をしていたんだろう?
 あと、千葉さんじゃないなら、一体誰……?

「何がどうなってそういう考えにたどり着いたのかはわからないけど……2人で抜け出したのは、相談を持ちかけられたからだよ」
「相談? 何か悩んでたとか?」
「ううん。手島に告白したいから、2人きりになれるように山谷さんと仁田さんを上手く誘導してほしいって頼まれただけ」

 彼の口から語られた真相に目を見開いた。

 千葉さんの好きな人って手島くんだったんだ……。同級生ではあるけど、喧嘩ばかりしてるから対象外だと思ってた。

 様子が変だったのは、彼のことを意識していたからだったのかもしれない。

「そっか。カップルになったわけじゃなかったんだね」
「ふはっ、そんな親密そうに見えた?」
「いや……」

 声が詰まってしまい、視線を逸らす。

 どうしよう、返す言葉が見つからない。

 振り返ってみたら、美男美女軍団の中にはいるけれど、積極的に会話するタイプじゃないもんな。2人で話してるところも見たことないし……。

「ごめん! 実は、こないだ告白されてたの、見ちゃって」

 言い訳しようにも何も思い浮かばなかったので、先週の出来事を含め、今回の勘違いに至った経緯を話した。

「嘘だろ……。手島に呼ばれてたの見たから、近くにいたのは知ってたけど……」
「本当にごめんなさいっ!」
「まさか全部本人に聞かれてたなんて……」

 ……え?

「今日一緒に焼きそば食べながら花火観て、ハートの花火見つけた後に告白しようと思ってたのに」
「の、乃木く……」
「皆吉さんのバカバカバカっ。バカ正直者っ」

 これでもかと連呼した後、帽子を深くかぶり直してそっぽを向いた。

 相手が好きな人なら、たとえ冗談でも胸が痛みそうだけど、今はその真っ赤な耳が気になってしょうがない。

 ハートの花火。つまりそれは──。

「本当に……? 私、黒髪以外当てはまってないよ? 地味だし老け顔だし、たくましくもないし……」

 平凡以下の容姿に、内気で真面目すぎる性格。唯一の取り柄は体力があることだけ。

 惚れる要素なんてどこにも──。

「バカだね皆吉さんは」

 うつむいていると、再び悪口が飛んできた。

「毎日暑い中自転車走らせて、コツコツ勉強して、お家のお手伝いまでしてる人のどこがたくましくないの」
「っ、でも、運動部の人に比べたら全然だよ」
「全然? 体力テストで毎年上位に食い込んでるのに? 万年体育3の俺に喧嘩売ってるの?」
「ち、違うよ! それより、なんでテストのこと知ってるの?」
「掲示板に張り出されてたから。どの種目で何位だったのかも知ってるよ。あと……」

 流暢に述べた彼が花飾りを取り、少し乱れた私の髪の毛につけた。

「皆吉さんは大人っぽくてかっこいい大和撫子だから。自己卑下しなくていいんだよ」

 私を見据える揺らぎのない瞳。

 短所を長所に変換どころか、美化しすぎだよ。私、そこまで出来た人間じゃないのに。

 だけど、こんなふうに力強く励ましてもらったのは久しぶりで……。

「大丈夫。隠してるから。我慢しないで」
「ありがとう……っ」

 ここが外だということも忘れて、愛しい彼に抱きしめられながら涙を流した。