「やっぱ人気なのは定番の紺と白だよねー」

 夏休みムードが漂い始めた月曜日の昼休み。

 教室の隅で黙々と日誌を書いていると、前方から女子の話し声が聞こえてきた。

「ありさは何色にするの?」
「ピンク! でも赤も可愛いから迷ってる」

 シャープペンを走らせたまま少しだけ視線を上げ、声の主を確認する。

 サラサラの黒髪が特徴の千葉さんと、茶色のウェーブヘアが特徴の山谷さん。全1年生の中で圧倒的ビジュアルだと噂されているクラスメイトだ。

「私にはどれが似合いそう?」
「んー、キャラ的にはピンク、顔立ち的には赤かな。華があるから濃い色もいけそう」

 褒め言葉を交えて答えた千葉さんが髪の毛を耳にかける。

 遠くからでもわかる、透明感のある肌と長い手足。美人系の整った顔立ちなのも相まって、何気ないしぐさでも大人っぽく見える。

「やーん、華やかだなんて。私ってそんなに美人?」
「うん。黙ってればね」

 褒めたかと思えば、毒舌で締めくくった。

 バッサリと言い切られた山谷さんは、「ひっどーい!」と彼女の肩を押してそっぽを向いている。

 つぶらな瞳と膨らんだ頬がなんだかリスみたい。可愛い人は怒る姿も可愛いんだなぁ。本気で怒ってるのかはわからないけど。

「るみの意地悪。いじわるみっ」
「ごめん、冗談だよ。りんご飴奢るから許して」
「……」
「もー、わかったよ。特別に大きい綿あめも買ってあげる」
「えっ、本当?」
「うん。今月誕生日だしね」
「やったぁ! ありがとう! るみ大好き!」

 ふくれっ面から一瞬にして笑顔へ早変わり。

 彼女らが仲直りしたところで日誌の続きを書き込む。

 4時間目の数学は、テストの解説と因数分解。
 授業の様子は、全員赤点なしで、先生と一緒に喜びました……と。

「わー、真っ昼間から天使と悪魔がイチャイチャしてるー」

 書き終えたタイミングで、クラスメイトの手島くんが乱入してきた。

「山谷さん、そんな簡単に好きって言っちゃダメだよ? こいつお腹真っ黒だから。何するかわかんないよ?」
「ちょっと、誰が腹黒悪魔だって?」

 ガタンと席を立った千葉さんが手島くんを睨みつける。

「私の友達に変なこと吹き込まないでよ」
「いやいや事実だから。黙ってれば美人って冗談でも友達に言う言葉じゃねーだろ。あと食べ物で釣ってたし」
「釣ってません。誕生日プレゼントです」
「屋台のおやつが誕プレかぁ……」

 ポンパドールヘアが特徴の手島くん。

 一見チャラそうだが人柄が良く、私のような地味めの人間にも毎日挨拶してくれるクラスのムードメーカーだ。

「2人ともやめてよぉ。手島くん、るみは悪魔じゃなくて女神なんだからねっ」
「ごめん山谷さん……! ったく、天使にフォローさせるなんて……」

 喧嘩は収束したものの、千葉さんの瞳はメラメラ燃えている。

 イケメンでも、黒髪のマドンナとはあまり相性は良くないみたいだ。

「女神とはいえ、喧嘩っ早い女神と2人きりは心配だな」
「はぁ? 喧嘩っ早いって何よ」
「よし! 見張りとして俺らもお祭りに行くか! な、乃木!」

 手島くんの視線が窓側に向いた。こっそりたどり、机に突っ伏している人物に目を向ける。

「んー……? 呼んだ……?」
「呼んだ! また寝てたの?」
「うん……お弁当食べたら眠くなって。それよりどうしたの?」
「実はさっき、千葉がな……」

 ふわぁぁ〜と大きくあくびをする乃木くんに、手島くんがこれまでの話を簡潔に説明し始めた。

 乃木 和彦くん。
 ミルクティーベージュの毛髪と茶色の瞳という、まるでフランス人形のような顔立ちをした男の子。

 お昼寝と日なたぼっこが好きで、休み時間によく窓際でくつろいでいる。

「それで、俺らも行こうかって話なんだけど」
「ちょっと、勝手に進めないでよ。着いてきていいなんて一言も言ってないんですけど?」
「こっちだって一緒に行くとは一言も言ってませんが? どう? 空いてる?」
「空いてはいるけど……」

 気だるそうな声色。背中しか見えていないが、どんな顔を浮かべているか大体予想がつく。

「歩くの面倒くさいからいいや」
「えええー! そこが醍醐味なのに! 浴衣美女と花火を食べ歩きしながら見られるんだぜ⁉」
「興味ない。見たいなら1人で行けば」

 冷たく突き放すと、再び机に突っ伏してしまった。

 乃木くんも彼女らと同様、容姿端麗で有名。

 中学時代からのクラスメイトでもあるのだが……この通り、かなりの面倒くさがり屋さん。

 テスト期間以外は毎日置き勉。自転車で通える距離に住んでいるのにも関わらず、通学手段はバスと親の車。

 省エネ思考なのか、とにかく無駄な力を使いたくないみたいで。『学校がこっちに来てほしい』と友達の前で爆弾発言したこともある。

「つれないなー。たこ焼きとか焼きそばとか食べたくねーの?」
「……食べたくないわけじゃないけど」
「じゃあ行こうよ!」
「彼女と行けばいいじゃん」
「いないから誘ってるんだよ! なぁ頼む! 俺来月は部活三昧だから遊べるの今月しかねーんだよぉ」

 肩を揺すって駄々をこねる手島くん。そんな彼を、千葉さんはドン引きした顔、山谷さんは苦笑いで眺めている。

 日誌を閉じて机の中にしまう。

 マドンナ2人はともかく、手島くんも行く予定なのか。

 街中で会う分には全然構わないけど、夏祭りではあまり会いたくないなぁ……。

「おーい、誰か開けてー」
「はいはーい」

 スクールバッグから英単語帳を取り出すと、山谷さんが席を立ってドアに走っていった。

「あ、ゆま! おかえり! 盛りだくさんだね〜」
「えへへ。新発売のやつ全部買っちゃった」

 大量のパンを胸に抱えてにやけるボブヘアの美少女。

 彼女は仁田 由舞。私の友人で、山谷さんとは小学校時代の親友らしい。

「なんか盛り上がってたみたいだけど、何話してたの?」
「あ、聞こえてた? 今ね、みんなでお祭りに行こうよって、るみ達と話してたの〜」

 英単語帳をめくる手が止まる。

 みんな……? なんか勝手に、手島くんと乃木くんも一緒に行く話になってるような……。

「ゆまも来る? 人数多いほうが楽しいし」
「いいの? やったぁ! なら、笑万(えま)も一緒に行かない?」

 ゆまの視線が私に向いた。

「えっ……どこに?」
「お祭り! 夏休み入ってすぐの日曜なんだけど……」

 パンを机に置いて駆け寄ってきたゆま。盗み聞きしたと思われないよう、確認も兼ねて聞き返す。

 日時、場所、催し物。先ほど耳にした情報とピッタリ一致した。

「もし空いてるならどう?」
「あー……」

 瞳を輝かせるゆまの後ろから、美男美女軍団の視線が突き刺さる。

 ただ見ているだけで、顔をしかめているわけじゃない。けど、内心気まずいだろうな。

 だって千葉さんと山谷さんとは、まだ1度も話したことがないから。手島くんでさえ挨拶だけだし。

 乃木くんは行くかどうかはわからないけど……できれば来ないでほしい。

「家の手伝いがあるから、ちょっと難しいかも」

 だからごめんね。そう、最初は断るつもりだった。

 だけど、私が寂しい思いをしないようにと気遣ってくれた友の優しさを、どうしても無下にできず。

「でも、短時間なら大丈夫かもしれないから相談してみるね」





「失礼しました」

 日誌を先生に渡して職員室を後にした。ドアを開けるやいなや、むわっとしたぬるい空気が肌に触れる。

「あっ」

 シャツをパタパタさせながら昇降口に向かうと、ちょうど靴を履き替えている最中の乃木くんに出くわした。

 うっかり出てしまった声が耳に届いていたようで、色素の薄い瞳と視線がぶつかる。

皆吉(みなよし)さん、お疲れー」
「お疲れ、さま」

 ぎこちなく返事をして隣の下駄箱を開ける。

 通学手段は違えど、同じ学区住み。登下校中にバッタリ会ったとしてもなんらおかしくない。

 けど、よりによってこのタイミングで鉢合わせたくはなかった……。

「今日は、バス? 車?」
「バス。皆吉さんは自転車だっけ」
「知ってるの?」
「うん。登校中によく見かけるから」

 沈黙に耐えきれず話しかけるも、墓穴を掘ってしまった。

 高校生になってからほぼ毎朝、私はバスと追い抜き合いっこしながら登校している。ちなみに今朝も一緒に走ってきた。

「暑いのに偉いねぇ。尊敬するよ」
「いやそんな。梅雨の時期はたまに送ってもらってたし」

 手を振って謙遜する。

 立ち漕ぎで全力疾走する姿を、3ヶ月もの間ずっと見られてたなんて……。

 ……でも、1番見られたくない姿じゃなかったから良かった。

 一足先に去ろうとしたのだが、通学路が同じなため、途中まで一緒に帰ることに。

「皆吉さんの家って大家族なの?」
「えっ?」

 校門を出てすぐ、飛んできた質問に素っ頓狂な声を上げた。

「お家のお手伝いしてるって言ってたから、家族が多いのかなと思って」

 あぁ、なるほど。家の手伝いといったら、家事とか兄弟のお世話とかが思い浮かぶもんな。

「おじいちゃんおばあちゃんと一緒に住んでるの?」
「ううん。同居はしてないけど、しょっちゅう会ってるよ。……店の手伝いで」

 打ち明けようか一瞬ためらったが、言える範囲内で話すことにした。

「私の家、飲食店やってて。だけど、今お兄ちゃんが留学中で人手が足りないから手伝ってるの」
「そうだったんだ。偉いね〜。何のお店なの?」
「普通の定食屋。毎年この時期はお客さんが多いから忙しいんだよね」
「夏休みに入るもんなー。お兄さんってどんな人? 皆吉さんと似てる?」
「少し。性格は優しくて面倒見がいいかな。昔はよく勉強教えてくれてたから」

 胸の鼓動が落ち着きを取り戻していく。

 良かった、追及されなくて。

「いいなー。うちの姉ちゃんと大違い」
「乃木くんのところはお姉さんなんだ。あまり優しくないの?」
「うん。ちょっと強引でさ。あと、めちゃくちゃいびきがうるさくって。酷い時は口開けて寝てるんだよ。クカーって」

 愚痴をこぼすと、いびきと寝顔を再現し始めた。半開きどころか歯が見えていて、余裕で指が入りそう。

 のど痛くならないのかな。まぁ、大げさにやってるだけかもしれな──。

「……あの、乃木くん」
「ん? 何?」
「見間違え、だったらごめんね。……歯に、何か付いてない?」

 距離が近いがゆえ、歯が白いがゆえに目についてしまった。

 綺麗に並んだ上部の歯。その隙間に赤色の食べかすが挟まっている。

「え、うそっ。どこ?」
「上。犬歯のとこ」

 スカートのポケットからティッシュを取り出し、1枚渡す。

 顔のインパクトが強すぎて今気づいた。よく見たら唇の下にもソースらしきものがうっすら付いている。それも教えると途端に顔が真っ赤に。

「ごめん、ありがとう。取れた?」
「うん。もう大丈夫」

 取れたと伝えたら安堵のため息が漏れた。よっぽど恥ずかしかったんだろう、いつの間にか耳まで赤くなっている。

 1ヶ所だけならまだしも、中と外だもんね。色的にカレーか紅しょうがでも食べたのかな。


 話題を変えて歩くこと数分。バス停に到着した。

「乃木くんは……お祭り、どうするの?」

 スマホで時間を確認する彼に尋ねてみた。

 ゆまと山谷さんが話を進めた結果、みんなで行くことに決まったが、本人の口からハッキリした返事を聞いていないので、乃木くんに関しては未確定。

 誤解のないよう説明しておくと、別に乃木くんや千葉さん達が嫌いなわけでない。ちょっぴり、夏祭りに対して苦い思い出があるだけ。

 それなら最初から断れば良かったのにって話だけど……そんな簡単な問題じゃないんだ。

 なぜなら──誘いを受け入れようが断ろうが、どっちみち、私が夏祭りに参加することはすでに確定しているから。

「やっぱり、断った?」
「いや、保留にしてる。最初は断るつもりだったんだけど……皆吉さんが行くなら行こうかなって」

 えっ。

 思わず出た声は、後ろから来たバスの音にかき消されてしまった。

「じゃあまた明日。気をつけてね」
「あっ、うんっ」

 立ち尽くしていたら、乃木くんはバスの中へ。

「あっ、そうだ」

 すると、何か言い忘れたのか、乃木くんが振り向いた。

「食べかすのことは、みんなには内緒でお願いしますっ!」

 端正な顔の前で両手が合わさった瞬間、ドアが閉まり、バスが動き出した。

 歩くの面倒くさいってあんなに嫌がってたのに。
もしかして食べ物に釣られた?
 
 あと、私が行くならってどういう意味……?

 明日聞けばいいかと思いつつも、やはりどうしても気になってしまい、悶々と考えながら帰宅したのだった。