本家、白桜家。
かつて国の最高峰と言われた妖の一人、白い陽鬼が桜を好みその力を糧に国を守ったとされる。
陽鬼は自身の力を桜に取り込ませれば何百年に渡ってその力を継承させてきた。御霊の力は社に眠り、先祖返りが生まれたと同時に力を吹き返す。
そうして御霊は桜を通じてエネルギーを大地へと受け流す。世界からは災いを跳ね除け人と妖の共存を守るのだ。
「十年ぶりのお出ましね」
実家とよく似た桜の木が顔を除かせれば、紬は目の前へと立ちはだかる巨大な正門を見上げた。
いつ来てもここは変わらない。
冷たい空気が耳を通り抜ければ冬のまだ寒いこの時期であるのにも関わらず、枝垂桜の木は花びらを満開に咲かせていた。
「綺麗だね~」
後ろからは優一郎が呑気な声を出して近づいてくる。
家のものより遥かに大きいその造りに小さい頃はよく威圧されたものだ。
それでも母親が好きだった花ということもあってか綺麗に咲いた様子に心躍らせていた。
「ああそう言えば、紬はこの徒花が散る瞬間を見たことがなかったね」
「え?あー確かに。でもいつも気づいたら散っちゃうから見たくても見れないの」
「実は不思議なことにこの花が散るタイミングにはある条件があるみたいなんだ」
「条件?」
紬は歩き出した優一郎の隣で興味深そうに聞き耳を立てた。桜の紋章が入る大きな正門を潜ると待ち構えていた案内人の後に続いて歩いて行く。
「花が咲いてエネルギーが形成されるとこまではいいんだけど、重要なのはそこから。エネルギーが地へと流れるためには花の落花が影響しているんだ」
「どういうこと?」
「つまりね、本家様の桜が散るのは同時に陽の地へとエネルギーが供給されたことを意味づけているってことなのよ」
横からは黙って話を聞いていた彩奈が口を開く。
父達は彩奈が紬と話す姿に顔をしかめているようだったが、彩奈はそんなことお構いなしにピタリと紬の側にくっつけばそこを離れようとしなかった。
「それって今年は陽の土地にエネルギーが未だ反映されてないってこと?」
桜の落花が発生するのは土地へエネルギーの受け渡しができているため。
それを知らせるための連絡網とでも思っておけばいい。
でも本家の桜は満開のまま。
「うん。本来なら満開になっても数日か遅くても一か月以内には落花するらしいんだけど。今回は何故かこの半年、満開になったっきり落花する気配がないの」
つまりこの半年の間、土地には新しいエネルギーが供給されていないということ。
陰陽の力は強力ではあるがずっとは続かない。
常に新しくエネルギーを補充せねば災いの元凶となる負のエネルギーが貯蓄されてしまう。
跳ね除けるほど強い力も持続的な力に貢献できないのはデメリットでもある。
だから毎年桜は咲いては散りを繰り返し、異能の力を最大限に活用したやり方で影から国を守っていたというのに。
「まいっちゃうよね~今年に限って天災に悩まされる星だって知り合いの天文博士からも言われててさ~。でもだからこその条件だと僕は思うんだ。桜の落花はある条件が揃って初めて散るらしいから」
「条件が揃って?」
「僕も詳しくは分からない、本家様が黙認しているんだ。それが御霊に関わるようなら変に他言できないからね」
優一郎は困ったように笑えばふと視線を前に向けた。
「おっとどうやら到着のようだ。彩奈、お父様達が待っているようだから早く行っておやり」
見れば少し先では父達が彩奈を呼んでいる声が聞こえる。本家への挨拶ともなれば緊張はするものだが、父達は早く中に入りたくてうずうずしているようだ。
「はい、では私はお先に失礼しますわ。紬、後で会いましょう」
彩奈はそう言えば静かな足取りで父達の待つ方へと歩いて行く。
静まり返った長い廊下。
見渡しても何処まで広い本家の造りに溜息をついた。
「…帰りたい」
優一郎の歩く少し後ろを紬は遅れてついていく。
彼と会った時を思えば心が痛い。
一体どんな顔をして会えばいいのだろうか。
だが向こうは自分のことなどもう覚えてないかもしれない。今は姉の彩奈が彼の繋ぎ候補であるからして、貰ったバレッタだってつけてるんだし。
他人にこの異能を知られる心配もない。
それでも会場から漏れ出る声には自然と足がすくんでしまうのだ。