優兄が送ってくれた着物は、淡い水色の生地に桜柄が美しく映えた控えめなもの。
それに対して、彩姉が着ているものは一味違った。
遠くにいても分かるような鮮やかな赤い生地は、着る人にやっては奇抜にもみえる。
自分が隣に並べばその差は歴然。
つまり私は引き立て役ということか。
「さすが私の娘ね、やっぱりこの着物を選んで良かったわ。ねえあなた?」
「ああ、そうだな。彩奈、お前も嬉しいだろう?」
「はい、とても嬉しいですわ」
どこか冴えない様子で微笑する彩姉とは裏腹に、父達はとても嬉しそうで、いかにも下品じみた笑いで話しかけている。よく知るその顔には反吐が出そうだった。
「紬」
行く寸前、彩奈は声をかけると紬を呼び止めた。
「おはよう。どこか疲れた顔をしてるけど、昨日はあれからよく寝れた?」
「おはよう彩姉。あんまりかな」
眠いのと怠さに負けた紬の顔には彩奈も心配のようだ。
「戻ってきたばかりじゃ仕方ないわよね。無理だけはしないで。紬は何でも我慢するんだから」
「へへ、でも大丈夫…だよ。今日が終われば私はお役御免なんだし。彩姉こそ頑張ってね」
「ええ。…その着物」
「え?」
彩奈はふと、紬の着ている着物へと目を向けた。
「とてもよく似合ってるわ。やっぱりお兄様のセンスは凄いわね」
彩奈はその着物を見れば少し悲しそうな顔をした。
たかが着物とはいえ、彩奈にも思うことはあるのだろう。自分の着る着物と紬を見比べれば、少し顔を曇らせていた。
「ありがとう。彩姉は今日はまた一段と綺麗だよ」
紬は何かを察して、複雑な気持ちになりながらもそう返せば、彩奈は寂しそうな顔をしながらニコリと笑った。
「ふふ、ありがとう。今日は主役だからってお母様達が朝から張り切って用意してくれたんだけど変じゃないかしら?」
「そんなことない。凄く似合ってると思う」
本当のことだ。
自慢げにくるりと一周回ってみせる姿は本当のお姫様みたいで、自分も見てて自然と顔がほころんでしまう。
こんなにも美人なのだ。
自分が男だったら間違いなく惚れていた。
例え母親が違っても、彩奈は父達とは違い、優一郎同様に紬の味方でいてくれたうちの一人。
憎むこともしない、むしろ感謝している。
小さい頃からお転婆で、常に周りへ迷惑をかけてきた紬を怒りもせずに笑って側で見守ってくれていた。
だからこそ申し訳なくて仕方なかった。
「…彩姉、ごめんなさい」
突然謝り出す紬に彩奈は目を丸くした。
「全部私のせいだ」
「紬?」
「私があんなことしたから。結果的に彩姉に負担をかける羽目になっちゃった」
あの日、あんなことをしてしまった自分の代償を今ではこうして自分に代わって彩奈が肩代わりしている。
後少しでも遅れていたら櫻木家も終わっていただろうに。それをここまで立て直せたのは他でもなく彩姉の存在が大きかったからだ。
今となっては終わった話だが、自分のせいで彩奈がこうして役目を代行していると思えば無性に腹が立って仕方ない。
「紬、そんなに自分を責めないの。そうやって何でも自分のせいにして結果的に自虐してたんじゃ意味ないでしょう」
「でも…」
「確かに過去の過ちは変えられない。でも紬の選んだ道を私が責める義理はないわ。それに、あの時は仕方なかったのよ。…でもね、私もこのお役目を引き受けたのにはちゃんとした私情があるの」
「私情?あの男に自らの身を売ってまでこの役目を引き受けるつもりなの?」
彩奈は今にも泣きそうな顔でいる紬を笑顔で宥めれば、フルフルと首を横に振った。
「そうじゃないわ。間違えても私だって、誰かに利用されるだけの存在になり下がるつもりはないわ」
「じゃあ!」
「でもね、自分の手に入れたいものの為なら時にはこうして何かを犠牲にすることも必要なの」
彩奈はそう言えば父達の目を盗んでガサゴソと懐を漁った。
「はいこれ、紬にあげるわ」
取り出したのは桜の花がついた一つのバレッタだった。クリーム色のバレッタにはピンクの桜が一輪ついていて、シンプルでありながらも可愛らしいデザインだ。
「これは特別なバレッタなのよ。付ければその者の異能を押さえ込む力が備わってるから、周りには自分の存在が分からないわ。若様に会うのが怖いなら、尚のこと今日は一日つけとくといいわ」
彩奈は優しい手つきで紬の短くなった髪にバレッタをつけると、そっと紬の手を握る。
「大丈夫よ紬、私も頑張るから。だから紬も一緒に頑張りましょ!」
「…うん。ありがと彩姉」
とめられたバレッタに手を伸ばす。
そのまま父の呼ぶ声が聞こえるので急いで車へと乗車する。過ぎていく景色に暫くして見えてきた一本の枝垂れ桜。紬の戦いが始まろうとしていた。
それに対して、彩姉が着ているものは一味違った。
遠くにいても分かるような鮮やかな赤い生地は、着る人にやっては奇抜にもみえる。
自分が隣に並べばその差は歴然。
つまり私は引き立て役ということか。
「さすが私の娘ね、やっぱりこの着物を選んで良かったわ。ねえあなた?」
「ああ、そうだな。彩奈、お前も嬉しいだろう?」
「はい、とても嬉しいですわ」
どこか冴えない様子で微笑する彩姉とは裏腹に、父達はとても嬉しそうで、いかにも下品じみた笑いで話しかけている。よく知るその顔には反吐が出そうだった。
「紬」
行く寸前、彩奈は声をかけると紬を呼び止めた。
「おはよう。どこか疲れた顔をしてるけど、昨日はあれからよく寝れた?」
「おはよう彩姉。あんまりかな」
眠いのと怠さに負けた紬の顔には彩奈も心配のようだ。
「戻ってきたばかりじゃ仕方ないわよね。無理だけはしないで。紬は何でも我慢するんだから」
「へへ、でも大丈夫…だよ。今日が終われば私はお役御免なんだし。彩姉こそ頑張ってね」
「ええ。…その着物」
「え?」
彩奈はふと、紬の着ている着物へと目を向けた。
「とてもよく似合ってるわ。やっぱりお兄様のセンスは凄いわね」
彩奈はその着物を見れば少し悲しそうな顔をした。
たかが着物とはいえ、彩奈にも思うことはあるのだろう。自分の着る着物と紬を見比べれば、少し顔を曇らせていた。
「ありがとう。彩姉は今日はまた一段と綺麗だよ」
紬は何かを察して、複雑な気持ちになりながらもそう返せば、彩奈は寂しそうな顔をしながらニコリと笑った。
「ふふ、ありがとう。今日は主役だからってお母様達が朝から張り切って用意してくれたんだけど変じゃないかしら?」
「そんなことない。凄く似合ってると思う」
本当のことだ。
自慢げにくるりと一周回ってみせる姿は本当のお姫様みたいで、自分も見てて自然と顔がほころんでしまう。
こんなにも美人なのだ。
自分が男だったら間違いなく惚れていた。
例え母親が違っても、彩奈は父達とは違い、優一郎同様に紬の味方でいてくれたうちの一人。
憎むこともしない、むしろ感謝している。
小さい頃からお転婆で、常に周りへ迷惑をかけてきた紬を怒りもせずに笑って側で見守ってくれていた。
だからこそ申し訳なくて仕方なかった。
「…彩姉、ごめんなさい」
突然謝り出す紬に彩奈は目を丸くした。
「全部私のせいだ」
「紬?」
「私があんなことしたから。結果的に彩姉に負担をかける羽目になっちゃった」
あの日、あんなことをしてしまった自分の代償を今ではこうして自分に代わって彩奈が肩代わりしている。
後少しでも遅れていたら櫻木家も終わっていただろうに。それをここまで立て直せたのは他でもなく彩姉の存在が大きかったからだ。
今となっては終わった話だが、自分のせいで彩奈がこうして役目を代行していると思えば無性に腹が立って仕方ない。
「紬、そんなに自分を責めないの。そうやって何でも自分のせいにして結果的に自虐してたんじゃ意味ないでしょう」
「でも…」
「確かに過去の過ちは変えられない。でも紬の選んだ道を私が責める義理はないわ。それに、あの時は仕方なかったのよ。…でもね、私もこのお役目を引き受けたのにはちゃんとした私情があるの」
「私情?あの男に自らの身を売ってまでこの役目を引き受けるつもりなの?」
彩奈は今にも泣きそうな顔でいる紬を笑顔で宥めれば、フルフルと首を横に振った。
「そうじゃないわ。間違えても私だって、誰かに利用されるだけの存在になり下がるつもりはないわ」
「じゃあ!」
「でもね、自分の手に入れたいものの為なら時にはこうして何かを犠牲にすることも必要なの」
彩奈はそう言えば父達の目を盗んでガサゴソと懐を漁った。
「はいこれ、紬にあげるわ」
取り出したのは桜の花がついた一つのバレッタだった。クリーム色のバレッタにはピンクの桜が一輪ついていて、シンプルでありながらも可愛らしいデザインだ。
「これは特別なバレッタなのよ。付ければその者の異能を押さえ込む力が備わってるから、周りには自分の存在が分からないわ。若様に会うのが怖いなら、尚のこと今日は一日つけとくといいわ」
彩奈は優しい手つきで紬の短くなった髪にバレッタをつけると、そっと紬の手を握る。
「大丈夫よ紬、私も頑張るから。だから紬も一緒に頑張りましょ!」
「…うん。ありがと彩姉」
とめられたバレッタに手を伸ばす。
そのまま父の呼ぶ声が聞こえるので急いで車へと乗車する。過ぎていく景色に暫くして見えてきた一本の枝垂れ桜。紬の戦いが始まろうとしていた。