次の日、屋敷の中では朝から使用人がバタバタと騒いでいる音で目を覚ました。本家様へ招集命令がかかった大事な日ともあれば分家も気が抜けない。
とはいえ、自分にとってはさほど重要なことでもない。
本家とは遠い昔にとっくに関係を切ってしまったのだから。このやましい異能さえ無ければ全てが自由になれたようなものを。
そうして朝から不機嫌マックスの私を無視するように、部屋には押し入るように数人の使用人が入ってくれば、流されるまま黙って着物に着付けられてしまう。
「おはよう紬」
支度が整いノロノロと玄関へ向かえば一足先に優兄の姿があった。
「ん゛っ//可愛いね~。やっぱお前は何を着せてもよく似合っているよ!!」
優兄は顔をデレデレにさせて飛びついてくるのでサッとよける。
「おはよう優兄」
いつも着ている着物とは違って、優兄も今日はきちんとした正装服に着替えている。
「今日は頑張ろうね~」
「うん…ねえ優兄、色々とありがと。この着物もこの日の為に用意してくれたんでしょ?」
この家に戻った時、父が私に着物の一着さえ用意してくれないことぐらい分かっていた。そうして着るものがない私を皆で笑い、あざけ笑おうと。
でもそんな思考すら優兄には全てお見通しで。
それを上手く逆手にとって利用すれば、十分すぎるぐらい高価な着物をこの日のためにと裏では用意していたのだろう。支度中に仲が良い使用人から聞かされた時には思わず笑ってしまった。
「あら、早いわね」
「おはようございます、細雪さん」
後ろからは細雪さんがゆっくりとした足取りでやって来る。
「優一郎さん、今日は期待していますわよ。櫻木家の為にもしっかりとその役目を果たして頂きますよ」
「ご心配なく、僕もそれなりの心得は会得していますから」
優兄がニコリとそれに微笑めば、細雪さんも満足そうにしていた。
「それにしても…」
次に細雪さんは私へと目を向けた。
「おはようございます、細雪さん。私に何か?」
高そうな扇子を口元へとあてれば、こちらの様子を品だめしているようだ。
「あら、別に何でもないわよ?ただ一度出ていった身なのに、よくそんな高い着物が用意できたのね。少し驚いてしまって」
馬鹿にしたような口調でそう言ってくるあたり、実に嫌味ったらしいといったらない。しかし残念だが私をそんな言葉で牽制できると思ったら大間違いだ。
「やっぱ分かりますか?ならやっぱりこれを着て良かったです。実はこの着物、そこにいる我が愛しの兄が私のためにと。今日この日の為に特別に用意して下さったものなんです」
「優一郎さんが貴方にですって?」
細雪さんは眉をひそめれば声を低めた。
「ええ。こんなにも高級な着物、本当に私なんかが着ていいものかどうか疑ってしまいますが、せっかく兄が私にと用意してくれたんです。着ない手はございませんでしょう?」
それには細雪さんもイライラとした顔で私を睨みつけた。チラリと横を見れば、優兄は何も言わずにニコリとしている。どうやら期待通りの反応が見られたのか面白がっているようだ。
「ま、まあ優一郎さんったら、わざわざ今日の為だけにそこまでしてあげるだなんて。これでは櫻木家の品格が下がりましてよ」
今日の日の為だけに、私のような落ちぶれ者に無駄なお金をはたいた。櫻木家が落ちこぼれに手を貸すなど、あってはならない行為。
細雪さんが伝えたいのはそういうことなのだろう。
「はは、品格は関係ありません。僕はあくまで可愛い妹にちょっとしたプレゼントをしただけのつもりですから。それに、こんな着物一枚ごときに妹の品格はまだまだ負けてはいませんよ」
笑いながらそう喋る優一郎に対して、細雪さんは悔しそうに唇を嚙んでいた。こんな着物と言ってはいるが、一般人ではまず到底太刀打ちできないほどの一級品。
加えてそれをちょっとしたプレゼントだなんて言ってのける、優兄のそんな堂々たる姿には返す言葉もないだろう。
「優一郎さんも現金な人ね~。その器量さを少しでも娘に向けてくれてもいいのに」
紬に贈った着物の代金は櫻木家からのものではなく、全ては優一郎自身が稼いだお金の中から負担したもの。
自分のものは自分のもので贈り物をする。
細雪さんからしたら余計に気に食わないようだ。
「お待たせしました」
ふわりとした声が響くと奥からは彩奈が歩いてくる。
細雪さんは彩奈の姿が見えると、今まで曇らせていた表情をパッと輝やかせれば近くへと駆け寄った。
「まあ彩奈!よく似合っているわよその着物」
「ありがとうございます、お母様。ですが少し派手すぎやしませんか?」
同じく着物を着付けられた彩奈はどこか不服そうな顔をしていた。着ている着物は派手な赤色に桜柄がよく映えており、髪飾りもメイクもバッチリきまっていた。
誰しもが振り向くほど、今の彩奈は美しかった。
「何を言っているの!今日は若様と数年ぶりに会うのよ?めいいっぱいおめかししないと!」
「そうだぞ彩奈」
その後ろからは遅れて父もやってくる。
「彩奈、お前は本家に選ばれたのだ。若様の繋ぎとして、今日はその力を十分に発揮するのだ」
とはいえ、自分にとってはさほど重要なことでもない。
本家とは遠い昔にとっくに関係を切ってしまったのだから。このやましい異能さえ無ければ全てが自由になれたようなものを。
そうして朝から不機嫌マックスの私を無視するように、部屋には押し入るように数人の使用人が入ってくれば、流されるまま黙って着物に着付けられてしまう。
「おはよう紬」
支度が整いノロノロと玄関へ向かえば一足先に優兄の姿があった。
「ん゛っ//可愛いね~。やっぱお前は何を着せてもよく似合っているよ!!」
優兄は顔をデレデレにさせて飛びついてくるのでサッとよける。
「おはよう優兄」
いつも着ている着物とは違って、優兄も今日はきちんとした正装服に着替えている。
「今日は頑張ろうね~」
「うん…ねえ優兄、色々とありがと。この着物もこの日の為に用意してくれたんでしょ?」
この家に戻った時、父が私に着物の一着さえ用意してくれないことぐらい分かっていた。そうして着るものがない私を皆で笑い、あざけ笑おうと。
でもそんな思考すら優兄には全てお見通しで。
それを上手く逆手にとって利用すれば、十分すぎるぐらい高価な着物をこの日のためにと裏では用意していたのだろう。支度中に仲が良い使用人から聞かされた時には思わず笑ってしまった。
「あら、早いわね」
「おはようございます、細雪さん」
後ろからは細雪さんがゆっくりとした足取りでやって来る。
「優一郎さん、今日は期待していますわよ。櫻木家の為にもしっかりとその役目を果たして頂きますよ」
「ご心配なく、僕もそれなりの心得は会得していますから」
優兄がニコリとそれに微笑めば、細雪さんも満足そうにしていた。
「それにしても…」
次に細雪さんは私へと目を向けた。
「おはようございます、細雪さん。私に何か?」
高そうな扇子を口元へとあてれば、こちらの様子を品だめしているようだ。
「あら、別に何でもないわよ?ただ一度出ていった身なのに、よくそんな高い着物が用意できたのね。少し驚いてしまって」
馬鹿にしたような口調でそう言ってくるあたり、実に嫌味ったらしいといったらない。しかし残念だが私をそんな言葉で牽制できると思ったら大間違いだ。
「やっぱ分かりますか?ならやっぱりこれを着て良かったです。実はこの着物、そこにいる我が愛しの兄が私のためにと。今日この日の為に特別に用意して下さったものなんです」
「優一郎さんが貴方にですって?」
細雪さんは眉をひそめれば声を低めた。
「ええ。こんなにも高級な着物、本当に私なんかが着ていいものかどうか疑ってしまいますが、せっかく兄が私にと用意してくれたんです。着ない手はございませんでしょう?」
それには細雪さんもイライラとした顔で私を睨みつけた。チラリと横を見れば、優兄は何も言わずにニコリとしている。どうやら期待通りの反応が見られたのか面白がっているようだ。
「ま、まあ優一郎さんったら、わざわざ今日の為だけにそこまでしてあげるだなんて。これでは櫻木家の品格が下がりましてよ」
今日の日の為だけに、私のような落ちぶれ者に無駄なお金をはたいた。櫻木家が落ちこぼれに手を貸すなど、あってはならない行為。
細雪さんが伝えたいのはそういうことなのだろう。
「はは、品格は関係ありません。僕はあくまで可愛い妹にちょっとしたプレゼントをしただけのつもりですから。それに、こんな着物一枚ごときに妹の品格はまだまだ負けてはいませんよ」
笑いながらそう喋る優一郎に対して、細雪さんは悔しそうに唇を嚙んでいた。こんな着物と言ってはいるが、一般人ではまず到底太刀打ちできないほどの一級品。
加えてそれをちょっとしたプレゼントだなんて言ってのける、優兄のそんな堂々たる姿には返す言葉もないだろう。
「優一郎さんも現金な人ね~。その器量さを少しでも娘に向けてくれてもいいのに」
紬に贈った着物の代金は櫻木家からのものではなく、全ては優一郎自身が稼いだお金の中から負担したもの。
自分のものは自分のもので贈り物をする。
細雪さんからしたら余計に気に食わないようだ。
「お待たせしました」
ふわりとした声が響くと奥からは彩奈が歩いてくる。
細雪さんは彩奈の姿が見えると、今まで曇らせていた表情をパッと輝やかせれば近くへと駆け寄った。
「まあ彩奈!よく似合っているわよその着物」
「ありがとうございます、お母様。ですが少し派手すぎやしませんか?」
同じく着物を着付けられた彩奈はどこか不服そうな顔をしていた。着ている着物は派手な赤色に桜柄がよく映えており、髪飾りもメイクもバッチリきまっていた。
誰しもが振り向くほど、今の彩奈は美しかった。
「何を言っているの!今日は若様と数年ぶりに会うのよ?めいいっぱいおめかししないと!」
「そうだぞ彩奈」
その後ろからは遅れて父もやってくる。
「彩奈、お前は本家に選ばれたのだ。若様の繋ぎとして、今日はその力を十分に発揮するのだ」