「今日お前を連れ戻したのは言うまでもない。本家から分家へ招集命令が下された。櫻木家はもちろん、お前も同席するように」
「…ですが私は既にここを追い出された身。父上の言うその櫻木家の中に、果たして落ちこぼれは入っているのでしょうか?」
皮肉には皮肉で返してやる。
何を今になって。
本家がなんだ、私にはもうその役目を一緒になって背負う気などないと言うのに。
勝手に期待して勝手に捨てておきながら。
今になって父親面な態度を見せる姿には腹が立って仕方ない。どうせここにいても、自分が優遇扱いされることはない。落ちこぼれと言われ、味方もいないこの環境下での中、私にこれ以上何を望むと言うのか。
「例え落ちこぼれでも、その名を捨てた訳ではあるまい。惜しくも優一郎に代わり、相伝の異能を継いだのだ。ならば櫻木家のために役に立つことを証明しろ」
父が言い放った直後、優一郎は静かに立ち上がった。
「…紬、おいで」
すかさず紬の手を取れば速やかにその場を退室する。
「優兄…」
さっきの言葉がどう響いたのかは分からない。
だがおそらく優兄の中でも思うことはあったということだ。何も言わずに腕を引っ張られれば暗い廊下の通りを歩いていく。
「紬」
暫くして明るい陽のあたる場所までやってくれば優兄は立ち止まる。
「優兄、私…いたっ!」
暗い顔をする私のおでこを突然優兄がデコピンをする。思わずおでこを抑え目を丸くすれば、優兄は意地悪そうに笑っていた。
「こ~ら、余計なこと考えないの。いいんだ、僕は何とも思ってない」
優一郎はニコリと今度は紬の頭を撫でる。
紬はその顔に違和感を覚えれば、何か嫌な考えが頭をよぎった。
「でも私のせいで辛い思いを優兄がしてるとしたら?それに優兄は、その…」
「異能が無いという事実かい?」
「…」
言葉が出てこない。
いや、言いたくない。
それに怖くて優兄の顔を見れなかった。
今、優兄はどんな顔をしているのか。
そんなの見なくても分かるからこそ自分には余計辛かった。
「優兄…。私、、」
「待ち望んだ男児であっても異能はない。でも男児という立場だけ思って生かせば役には立つ」
「…やめてよ」
「あの日、お前が髪を切った時…」
「やめて!!」
たまらず叫べば優兄を壁に力いっぱい押し付けた。
怒りの籠った目で睨み付ければその言葉を遮る。
優兄の瞳は熱を籠らず、どこか冷めたように死んだ目をしていた。私の目からは自然と涙が零れ落ちた。
「やめて…。お願いだから、それ以上何も言わないで」
ああ、やっぱりそうだ。
そうやって自分を憎んで。
それでも必死に隠し通して。
今思えば、自分が思っていた以上に優兄は限界だったのだ。この窮屈な世界で向けられる多くの視線と自分の背負う悲痛な人生。
追放されて親父の元に預けられ、本来優兄の立場からすれば身分を下げられた私に会いに行くことなどしてはならないはず。
なのに素知らぬ顔で会いに来る姿に今まで何の疑いもしないで、、、
「すまない紬、言い過ぎた」
優一郎は懐からハンカチを取り出せば、紬の頬を伝う涙をぬぐった。
紬は優一郎に抱きつくと声を凝らして泣いた。
「分かっていたはずなんだ。本当は馬鹿でもそんなこと思ってはいけないって。ホントにすまない」
「ッ、、優兄…ごめん、ごめんね」
簡単なことだったのだ。
あの反吐が出そうなほどに見下した目。
残念な子だと皆に言われ、蔑まれ続けたここでの生活。
それら全ての言動は本当は優兄に向けて言われたものだったということに。
優兄には異能がなかった。
櫻木家の異能おろか、どんな些細なものでさえ、陰陽一族なら宿せて当然の異能という存在を全く引き継いでこなかった。
父はそんな優兄に酷く落胆したと同時に失望すれば、お母さんの元に通うことを止めた。
お母さんはそんな父を繋ぎ止めようと必死だった。
二人はもともと家同士が決めた政略結婚だった。
当時、父には恋人であり将来を誓いあった人——細雪さんの存在が大きかった。
お母さんの存在は邪魔でしかなかったのだろう。
これ幸いとばかりに、優兄の存在からお母さんの存在までを否定すれば細雪さんと結婚し、彩姉を授かった。
強力な異能を持った最愛の人との間に授かった子。
父が興味を示すのも時間の問題。
お母さんは壊れてしまったのだ。
だからこそ異能を受け継ぐ男児をと。
狂ったように櫻木家の相伝に目を付ければ父の跡を追い求めた。
結果、異能持ちは見事に生まれた。
それも誰もが待ち望んだ、櫻木家相伝の追憶の異能を持つ子供。完璧であれたはずなのだ。
それが女児であったという欠点を除けば。
「違う、優兄は悪くない。だからもう自分を責めないで」
これは私が決めたことだから。
私が生まれ、気付いた時には既にお母さんはお母さんでなくなっていた。
何かに怯え、父を追い求め、私を…
「優兄」
私は優兄を見上げれば、その瞳をジッと見つめた。
私によく似た顔が私を見つめる。
一回りも違う歳でさえ、血の力には叶わないようだ。
「異能があってもなくても優兄は優兄だよ。これから先もずっと、優兄は私だけのお兄様」
「紬…」
「どんなに蔑まれても関係ない。私達は私達の人生を選ぶ権利がある。これは私達が選んだ人生なんだから」
だから私は選んだのだ。
貴方がいつしか私を…
優一郎と呼ぶ日が訪れようとも。