「お帰りなさいなさいませ、坊ちゃん」
渋々大人しくついて行けば、使用人がうやうやしく頭を下げてきた。
「や、今戻ったよ」
優兄に続いて玄関に入れば、ふと使用人と目が合う。
ぎろりと睨まれれば蔑視するかのような眼差しが自分を襲った。
まるで落ちこぼれが何のようだとでも言いたげに。
「どうかしたかい?」
「…別に」
歩くたびに突き刺さる多くの視線。
奥に進めば進むほど、ひそひそと囁く声は鳴り止むどころか酷くなっていく。
自分にとってここは不快でしかなかった。
「父上、ただいま戻りました」
「入れ」
何年経っても変わらない光景にウンザリする中、優兄はある部屋の前まで立ち止まれば中からは声がかかる。
この声、久しぶりに聞いたな。
決して懐かしいとは思いたくもない、そんな嫌そうな顔をする私に「大丈夫、お兄様がいるからね」と優兄はいつもの調子で答えれば襖を開けた。
「遅いぞ優一郎。一体、何をしていたのだ」
「申し訳ありません。妹を迎えに行っていたら遅れてしまいました」
見れば大広間の奥では中央に正座する父、更にはその側らに細雪さんと彩姉の姿が見えた。ずいぶん久しぶりではあるが、特に変わった様子はなさそうだ。
「何、お前がか?ふん、そんな奴のことなど下級の者に任せておけばよいものを」
父は冷ややかな視線を私に向ければ会って早々、そこに挨拶する気はないのだと悟り笑ってしまう。
まあ実際、こちらもするつもりはないのでどうでもいいが。
「お前は櫻木家の次期当主なのだ。要らぬ行動には慎め」
「要らぬ行動ではありません。紬は僕のたった一つの宝物なんですから。可愛い妹が十年ぶりに帰って来るんです、迎えに出向くのは兄として当然の義務でしょう」
何とも優兄らしい発言だ。
お節介さに拍車がかかっているというか。
そんなんだから…私はいつまで経ってもこの家を最後まで憎むことができないのだ。
「父上も紬とは数年ぶりに会う親子の仲ではありませんか」
「ふん、落ちこぼれにしては少しはまともになったか。紬」
「…父上」
投げかけられた冷たい声。
ここの誰よりも蔑視に磨きがかかる、歓迎の欠片も感じられない皮肉めいた言葉。これが櫻木家のあり方か。
「お久しぶりですね父上、今になってから櫻木家に呼び出しとは。一体、この落ちこぼれにはどういったご用で?」
「まあ!!何と礼儀知らずな!」
側に控えるお義母の細雪さんは身を乗り出せば、私に向かって罵倒した。
「仮にも呼び出された身で。身の程をわきまえなさい!!」
「あらお義母様、いらっしゃったんですね。大変申し訳ありません、口紅の色が濃すぎて本来のお顔が薄らいで見えたようです」
「な、」
十年経とうが化粧の濃さは相変わらずか。
真っ赤な口紅は彼女の存在を悪い意味で象徴しており、正直言って似合うと感じたことはない。
昔から事あるごとに癇癪を起こせば、異能を持つことで謎に贔屓された私へ嫉妬と妬みの眼差しを向けていたことを知らないとでも思ったか。
「貴方!この娘にはキツイ罰が必要でしてよ!落ちこぼれの分際で。この私に舐めた口をきいたのですから!!」
細雪さんは私へ指を突き刺せば、わなわなと体を震わせた。さっきのいびりが相当響いたようだ。
「紬!貴様というやつは。戻って早々、もう我が家の者に危害を加えるとは!」
父は静かに怒りを募らせ立ち上がり、私を睨み付ければ手を振り上げた。
叩かれる!!
そう思い咄嗟に目をつぶる。
「父上、もうその辺で」
だが叩かれる気配はなく不思議に思い目を開けてみれば、私の目の前には父の腕を掴んだ優兄が立っていた。
「止めるな優一郎!!」
「…あの日の約束をお忘れですか?紬への決定権は全て僕にあります」
「ッ、」
優兄は冷笑した様子で父を見下ろせば父は押し黙ってしまった。
約束?私にはその意味がよく分からなかったが、もう叩かれることはないだろう。
優兄が腕を離せば、父はチラリとこちらを睨むも何も言わずに元いた場所へと座ってしまう。
「ふん、まあいい。紬」
父から名前を呼ばれれば周りの空気が変わった。