「はは、いいではないですか。紬も母上がいない分、寂しい思いも強いのでしょう。ならば母親に代わって可愛い妹の面倒を見てあげるのは兄である僕の務めです」
「全くもってお前は分かっておらん。そんなだから紬はいつまで経ってもその調子なのだ。何故あの子とこうも違うのか」
呑気な優兄の返答には父も頭を悩ませているようだった。そんな鼻白む父の様子を私は醒めた目で観察していた。
「優一郎、偶にはあの子の方にも気をきかせたらどうだ?そんな奴にいつまでも構う必要ない」
父はそう言い、優兄の物陰に隠れる私を嫌そうに見つめてくる。
ああ、そうやって私を見つめる瞳はずっと変わらない。
愛情の一つも感じられない、まさに無情そのもの。
優兄の着物の裾を握る手には自然と力が籠るのを感じる。
「これで漸く我が一族も軌道にのった。それはあの子が日々、頑張ってきたことが報われた証だ。違うか?」
父が誰について話しているかなんて言われなくても分かっている。
それだけ父の中ではあの子の存在が一番なのだ。
「ええ、そうですね。勿論、僕もあの子には感謝してます」
「ならばもう少しあの子を気にかけろ。同じお前の妹なのにかわいそうだろ」
優一郎もそれには同情しているのか、困ったように笑えば何も言わない。
紬はその様子に不安げに優一郎の方を見上げた。
「分かりました。あの子には僕も気にかけておきます」
「優兄…」
「そうか!ならば「その代わり」」
優一郎はそう言って話を遮ると、今度は真面目な顔付きで父親と向き合う。
「紬に何かあったその時は、紬の全決定権を僕に譲って下さい」
「何?」
父はこれに驚いた顔で優一郎を見つめた。
優一郎の顔はさっきとは違い、どこか大人びていて、それでいて冷め切っているようにも感じられた。
私は初めて見る優兄の様子に硬直してしまった。
「紬は僕の母上の子であり、僕にとっても今後一生変わらない、唯一無二の宝物です」
「…」
「父上にはその気がなくても、僕にはこの子を守る義務があります」
そう言い放つ優一郎の姿は堂々としていた。
「それが何を意味するかは父上ならお分かりのはず」
「…優一郎、お前」
父はそれに何かを察したのか押し黙ってしまう。
一体、二人は何の話をしているのだろうか。
幼い私には全くもって理解できなかった。
それでも二人の間に流れる空気感だけはとても緊迫していて、どこか怖かった。
「ふん、いいだろう。だがやるからには責任をもて。そいつがこの先どうなろうと私は一切の工面はせん」
「分かっています」
暫くして父は口を開いてそう言えば、さっさと奥座敷へと控えてしまう。
優一郎はそれを黙って一瞥すれば後ろを振り返る。
「紬」
そう呼ぶ顔はいつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべていた。
「…優兄、お父様と何を話していたの?」
不安げな様子の私に優兄は笑って答えた。
「何でもないよ。紬にはお兄様がいるからね」
頭を撫でてくれる手付きはとても優しい。
私は我慢できなくなり、思わず抱きついてしまった。
「っと、」
笑って受け止めてくれた優兄に安心感が押し寄せた。
きっと優兄の言う何でもないは噓だ。
「紬は甘えん坊だね」
「…」
ポンポンと背中越しに伝わる感触に涙が出そうになった。
何だろう…いま一瞬、優兄が離れて行っちゃう気がした。強気に振る舞っていも、お母さんがああなってしまった以上、自分が頼れる味方は優兄だけなのに。
「優兄、ごめんなさい」
私は悔しくてそうポツリと呟いた。
私、もっと強くなるから。
そしたらきっと、あの子と比べられることもなくなるかも知れないから。
「お父様」
すると凛とした声が辺りに響き渡った。
近づいてくる足音が聞こえると、やって来たのは一人の人物。
「おお、彩奈か!」
「…彩姉」
「全くもってお前は分かっておらん。そんなだから紬はいつまで経ってもその調子なのだ。何故あの子とこうも違うのか」
呑気な優兄の返答には父も頭を悩ませているようだった。そんな鼻白む父の様子を私は醒めた目で観察していた。
「優一郎、偶にはあの子の方にも気をきかせたらどうだ?そんな奴にいつまでも構う必要ない」
父はそう言い、優兄の物陰に隠れる私を嫌そうに見つめてくる。
ああ、そうやって私を見つめる瞳はずっと変わらない。
愛情の一つも感じられない、まさに無情そのもの。
優兄の着物の裾を握る手には自然と力が籠るのを感じる。
「これで漸く我が一族も軌道にのった。それはあの子が日々、頑張ってきたことが報われた証だ。違うか?」
父が誰について話しているかなんて言われなくても分かっている。
それだけ父の中ではあの子の存在が一番なのだ。
「ええ、そうですね。勿論、僕もあの子には感謝してます」
「ならばもう少しあの子を気にかけろ。同じお前の妹なのにかわいそうだろ」
優一郎もそれには同情しているのか、困ったように笑えば何も言わない。
紬はその様子に不安げに優一郎の方を見上げた。
「分かりました。あの子には僕も気にかけておきます」
「優兄…」
「そうか!ならば「その代わり」」
優一郎はそう言って話を遮ると、今度は真面目な顔付きで父親と向き合う。
「紬に何かあったその時は、紬の全決定権を僕に譲って下さい」
「何?」
父はこれに驚いた顔で優一郎を見つめた。
優一郎の顔はさっきとは違い、どこか大人びていて、それでいて冷め切っているようにも感じられた。
私は初めて見る優兄の様子に硬直してしまった。
「紬は僕の母上の子であり、僕にとっても今後一生変わらない、唯一無二の宝物です」
「…」
「父上にはその気がなくても、僕にはこの子を守る義務があります」
そう言い放つ優一郎の姿は堂々としていた。
「それが何を意味するかは父上ならお分かりのはず」
「…優一郎、お前」
父はそれに何かを察したのか押し黙ってしまう。
一体、二人は何の話をしているのだろうか。
幼い私には全くもって理解できなかった。
それでも二人の間に流れる空気感だけはとても緊迫していて、どこか怖かった。
「ふん、いいだろう。だがやるからには責任をもて。そいつがこの先どうなろうと私は一切の工面はせん」
「分かっています」
暫くして父は口を開いてそう言えば、さっさと奥座敷へと控えてしまう。
優一郎はそれを黙って一瞥すれば後ろを振り返る。
「紬」
そう呼ぶ顔はいつもと変わらない穏やかな笑顔を浮かべていた。
「…優兄、お父様と何を話していたの?」
不安げな様子の私に優兄は笑って答えた。
「何でもないよ。紬にはお兄様がいるからね」
頭を撫でてくれる手付きはとても優しい。
私は我慢できなくなり、思わず抱きついてしまった。
「っと、」
笑って受け止めてくれた優兄に安心感が押し寄せた。
きっと優兄の言う何でもないは噓だ。
「紬は甘えん坊だね」
「…」
ポンポンと背中越しに伝わる感触に涙が出そうになった。
何だろう…いま一瞬、優兄が離れて行っちゃう気がした。強気に振る舞っていも、お母さんがああなってしまった以上、自分が頼れる味方は優兄だけなのに。
「優兄、ごめんなさい」
私は悔しくてそうポツリと呟いた。
私、もっと強くなるから。
そしたらきっと、あの子と比べられることもなくなるかも知れないから。
「お父様」
すると凛とした声が辺りに響き渡った。
近づいてくる足音が聞こえると、やって来たのは一人の人物。
「おお、彩奈か!」
「…彩姉」