私が名家の令嬢と知る使用人ならば、これだけで逃げていくはず。だが耳には私の反応に吹き出したらしい声に続いて、ゲラゲラと笑い出す声が聞こえてきた。
見上げれば、そこにいたのは白髪の綺麗な顔の男の子。
「…貴方、誰?」
白い着物を上品に着こなし、瞳は見たこともない金色に輝いていた。
歳は対して私と変わらないようにも見えるのに。
どこか人並み以上に優れた、その美しい佇まいと容姿には思わず見入ってしまう。
初めて見る子だ。
「人に物言う時はまずは自分から名乗れっていう言葉、親に習わなかった?」
男の子はそう言うと、挑発的な口調でこちらを見下ろしてきた。私はそれにハッとすると男の子を睨みつけた。
「何よ、偉そうに!」
勝手に声をかけてきたのはそっちじゃないか。
なのになんで自分がそんな言い方されなくてはならないんだ。自分のことを棚にあげておいて、何とも生意気な子である。
「だって俺、偉いし」
「は?」
「俺は誰よりも偉くて強いんだよ」
自慢げに話す男の子をポカンとした目で見つめた。
一体、何を言ってるんだ?
訳が分からず固まる私を、彼はふんと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「チビのくせに出しゃばってんじゃねーよ。ばーか」
「何ですって!!」
その瞬間、気づいたら手が出ていた。
勢いそのままに男の子に掴みかかると、自分より少し上背があるのにも関わらず、その着物をギュッと握り締めれば力いっぱい押し倒す。
男の子は予想もしていなかったのか、押し倒されてビックリしていた。
「どう?これで降参したかしら?」
「って…。は、女のくせに」
「女で何が悪いのよ!」
だが押し倒された事が彼に火をつけたのか、体勢を立て直せば今度は私の方に掴みかかってきた。そうして二人はそのまま暫くの間、お互い服が汚れるのも気にせず取っ組み合いの喧嘩をしていた。
「いたた…」
「は、どうだ参ったか?」
流石の私も男子の力には敵わなかったようだ。
段々押されてしまい、終いには下敷きにされた。
「ちょ、どいてよ!」
「降参するって言うならどいてやるぜ」
私の上にドカリと腰を下ろした彼は、挑発の眼差しでこちらを上から見下ろしていた。
「ッ、嫌よ!誰が降参なんてするもんですか!」
「そ。じゃあ俺もどかねー。今日からお前は俺専用の椅子な〜」
「ほんと最低!アンタなんて大っ嫌い、さっさと私の前から消えてよ!!」
「は、嫌だね。誰がチビの命令なんか聞くかよ」
ああ、腹が立つ!
天使のような顔をしといて、中身はとんだ悪魔だ。
私は何もできない自分がひたすらに悔しかった。
尚も上から聞こえてくる彼の声に余計に苛立ちがおさまらない。
「絶対に許さない。絶対に降参なんてしないから!」
「は、ほんと懲りねーやつ。…なあ、もしかしてお前?櫻木家のお転婆って言われてる娘は」
すると男の子は品だめするかのような目付きで私の方を観察してくる。その目はどこか面白そうだ。
「…だったら何?貴女も私を残念な子だって。お転婆って理由なだけで、皆と一緒になって蔑むの?」
私はギロリとした目で彼を力いっぱい睨みつけた。