「それで、要件は?」
「要件?」
「用事があったから来たんでしょう?じゃなきゃこんな平日の、しかも夜遅くになんて絶対来ない」
いつもならだいたい平日は向こうも忙しい。
来る日はバラバラでも、その多くは土日の休日を狙ってくる。
「え~、愛しの妹に会いに来た理由が用事付けだなんて」
優兄は笑って誤魔化せば、自分の隣をポンポンと叩いた。つまり隣に座れという意味か。
ホントに何しにきたんだコイツ。
私は謎に警戒すると、優兄から離れた位置に座った。
「おや、僕の隣には来ないのかい?」
「逆になんで行くと思ったの?」
「昔はよく僕の膝の上で優兄って言ってくれたのに」
「…」
「はは、まあそう怒んないの。それはともかく、これを」
そう言い、優兄が懐から取り出したのは一つの封筒だった。
「…これは?」
「父上からだ」
「!!」
その言葉で私の体がぶるりと震えた。
あの人が私に用だなんて、嫌な気がしてならない。
「急を要する案件だと、今回は父上からそれを届けるよう直々に言付かってきた」
私は震える手で恐る恐るそれを受け取れば、中に書かれている内容に目を通した。
「…は?」
その内容は実に衝撃的なものだった。
驚いて優兄を見れば、彼はただ笑っているだけ。
「文にある通り、本家から招集がかかった。今回は全ての陽一族がこれに該当している。もちろんウチもだ」
「そんな…。私は確かにあの日、家とも本家とも縁を切った。なのになんで今頃になって」
「本家の当主様が代替わりされるんだ」
「!!」
本家の当主様が??
前に一度だけ、顔合わせする機会があったが会ったのは実に数十年も前のこと。あれから一切の関わりはなかったが、ここにきて代替わりするとは。
「白桜様は今回の件で、その家督を孫の若様に譲るおつもりらしい。我々は白桜家の分家。加えて当主様の位替えともなれば、一族総出で出席するのは当然の義務だろ?」
「でも私は…」
「父上からのお達しだ。次の連休中、櫻木家に戻れと」
「そ、そんな急に…」
静かに言い放たれた優兄の言葉に絶望した。
あまりにも急すぎる話にどうすればいいのか分からなかった。気持ちの整理すらまともについてないというのに、私に櫻木家へ戻れと?
今更そんなこと言われたって、私には今の生活を手放すという選択はない。
やっとここまで頑張ってきたのに。
なのになんで…。
「紬、辛いだろうが、お家の為にも帰ってくるんだ」
目に見えない不穏化に胸騒ぎがした。
ブルブルと体が震えだせば、目の前が真っ暗になる。
握る拳には自然と力が入れば、グッと歯を食いしばってこらえた。だがそれでも優しく話しかけてくる優兄ですら、まともに見ることができなかった。
「嫌、嫌だよ…」
「…」
「ダメ…お願い、本家に行くことだけは」
必死に拒否するようにして首を横に振った。
あそこに行くだなんて、とてもじゃないが耐えられない。
その瞬間、私の中には古い過去の記憶が一斉に駆け巡った。
忘れもしない。
あの屈辱的な状況から逃げ出した今、やっと自分へと与えられた自由への道のりだったというのに。
親父に出会えて。
いい友達にも恵まれて。
「無理だよ。もう私はそっちには戻らない」
ここで戻ってしまったら私は。
今度こそもう二度と手に入らないのかもしれないんだから。今あるこの幸せを、過去にトラウマを植え付けてくれた本家の。あの屋敷に住むあの男だけには。
絶対に奪われたくなどなかった。
「要件?」
「用事があったから来たんでしょう?じゃなきゃこんな平日の、しかも夜遅くになんて絶対来ない」
いつもならだいたい平日は向こうも忙しい。
来る日はバラバラでも、その多くは土日の休日を狙ってくる。
「え~、愛しの妹に会いに来た理由が用事付けだなんて」
優兄は笑って誤魔化せば、自分の隣をポンポンと叩いた。つまり隣に座れという意味か。
ホントに何しにきたんだコイツ。
私は謎に警戒すると、優兄から離れた位置に座った。
「おや、僕の隣には来ないのかい?」
「逆になんで行くと思ったの?」
「昔はよく僕の膝の上で優兄って言ってくれたのに」
「…」
「はは、まあそう怒んないの。それはともかく、これを」
そう言い、優兄が懐から取り出したのは一つの封筒だった。
「…これは?」
「父上からだ」
「!!」
その言葉で私の体がぶるりと震えた。
あの人が私に用だなんて、嫌な気がしてならない。
「急を要する案件だと、今回は父上からそれを届けるよう直々に言付かってきた」
私は震える手で恐る恐るそれを受け取れば、中に書かれている内容に目を通した。
「…は?」
その内容は実に衝撃的なものだった。
驚いて優兄を見れば、彼はただ笑っているだけ。
「文にある通り、本家から招集がかかった。今回は全ての陽一族がこれに該当している。もちろんウチもだ」
「そんな…。私は確かにあの日、家とも本家とも縁を切った。なのになんで今頃になって」
「本家の当主様が代替わりされるんだ」
「!!」
本家の当主様が??
前に一度だけ、顔合わせする機会があったが会ったのは実に数十年も前のこと。あれから一切の関わりはなかったが、ここにきて代替わりするとは。
「白桜様は今回の件で、その家督を孫の若様に譲るおつもりらしい。我々は白桜家の分家。加えて当主様の位替えともなれば、一族総出で出席するのは当然の義務だろ?」
「でも私は…」
「父上からのお達しだ。次の連休中、櫻木家に戻れと」
「そ、そんな急に…」
静かに言い放たれた優兄の言葉に絶望した。
あまりにも急すぎる話にどうすればいいのか分からなかった。気持ちの整理すらまともについてないというのに、私に櫻木家へ戻れと?
今更そんなこと言われたって、私には今の生活を手放すという選択はない。
やっとここまで頑張ってきたのに。
なのになんで…。
「紬、辛いだろうが、お家の為にも帰ってくるんだ」
目に見えない不穏化に胸騒ぎがした。
ブルブルと体が震えだせば、目の前が真っ暗になる。
握る拳には自然と力が入れば、グッと歯を食いしばってこらえた。だがそれでも優しく話しかけてくる優兄ですら、まともに見ることができなかった。
「嫌、嫌だよ…」
「…」
「ダメ…お願い、本家に行くことだけは」
必死に拒否するようにして首を横に振った。
あそこに行くだなんて、とてもじゃないが耐えられない。
その瞬間、私の中には古い過去の記憶が一斉に駆け巡った。
忘れもしない。
あの屈辱的な状況から逃げ出した今、やっと自分へと与えられた自由への道のりだったというのに。
親父に出会えて。
いい友達にも恵まれて。
「無理だよ。もう私はそっちには戻らない」
ここで戻ってしまったら私は。
今度こそもう二度と手に入らないのかもしれないんだから。今あるこの幸せを、過去にトラウマを植え付けてくれた本家の。あの屋敷に住むあの男だけには。
絶対に奪われたくなどなかった。