何かを選択するには、他のものを捨てなければならない。
人生は選択の連続。何を得るか。何を捨てるか。

そんなことはとっくに知っていた。中3の秋。都会の学校に、偏差値の高い学校に行かなければ、医師になる夢は諦めなければならない。気づいていた。誰も知らない。自分しか知らない、大事な夢。それでも私は、近所の自称進に進学した。
「友達が多かったから。通学時間が短いから。親が勧めるから。先生が都会の学校に進学することを全否定するから。」
でも、これは全て言い訳。結局、最後に決断したのは私だ。人は何かを選ぶ時、何かを捨てる。私の場合は楽しい学校生活と引き換えに、大事な夢を失った。いや、捨てた。今あるのは、ダサい言い訳と希望のない未来。

ごめんね、おじいちゃん。ごめんね、過去の私。
小学生の時、祖父が亡くなった。誰のせいでもない。でも、私のせいだ。夏休み、毎日祖父の家に遊びに行くのが日課なのに、急に友達と遊ぶ約束をしたから。あの日、いつも通りに祖父の家に行っていれば、早く救急車を呼べて祖父は助かったかもしれない。3日間の昏睡状態の後、祖父は亡くなった。私が家で寝ている、そんな時間に。
母は言った。
「従兄弟は病室でトランプをしていた。祖父の容体が危なかったから。一緒に見送った。」と。小学生だから。そんな理由で私は祖父の最後に立ち会えなかった。
祖父の兄は言った。
「皆が高校に行くようになった時代、お金がなくて高校に行かせてあげれなかった。なのに会社を立ち上げて、経営して、誇りに思う。」と。私はそんな祖父の過去を知らなかった。
祖母は言った。
「あの人は、道の駅を巡るのが好きだった。」と。私は祖父の好きなものを知らない。
叔母は言った。
「四十九日まで、よく祖父が夢に出てきた。」と。私の夢には1度も現れなかった。

私はあの日、自分に誓った。助かる見込みのない患者も治せる医師になると。それが唯一私にできる償いで、唯一自分を自己満足させてあげられる方法。
なのに、私は夢を捨てた。ごめんね、あの日、将来に希望を持った私。本当に、ごめん。

月日は流れ、高2の夏。進路をそろそろ決めなければならない。いつまでも自分の人生の選択をできない。それが、私。あの頃から何も成長していない。医師になりたい気持ちに蓋をし、親の望む薬剤師を目指す。自分の人生に、責任を持ちたくないから。こんなはずじゃなかったって、将来の私に責められたくないから。ずっと逃げてきた。

「あなたは何になりたいの?」
セミが鳴き始めるような、暑い日。太陽が影を濃くするように、担任の言葉で心の影が濃くなる二者懇。
「薬の研究者、です。」
本当は違う。でも、こんな学校で医師になりたいと言っても馬鹿にされるだけだ。それに、現実的に不可能。何年も医学部や旧帝大が出てない落ちこぼれた学校で、旧帝大を目指しているだけでも恥ずかしいのに。
「でもさ、この前親御さんは薬剤師になってほしいって言ってたよね?その辺が、意見の食い違いか。」
そう。本来なら薬学科に進み薬剤師になっても良い。でも薬科学科に進み研究職に就く。ずっと周りが敷いたレールを歩んできた私からちょっとした反抗。正直、どっちの仕事に就こうがどうでもいい。
「あのさ、先生ちょっと考えたんだけど。…一緒に医者を目指さない?それならあなたと親御さんの意見を両方くめる気がする。」
馬鹿なのか、この教師は。今すぐネットでうちの高校の偏差値を調べてほしい。54だぞ?そんな学校から、医学部なんか行けるわけない。
「今の3年生にも2人、医学部目指している子がいるよ。」
なるほど。先輩にも、とんでもない馬鹿がいたのか。この高校に入る時、そんな夢は捨てるべきなのに。叶わない夢は、いつか自分をどん底に落とすだけだ。
それでも私は口を開いていた。
「目指したいです。私は、本当はずっと、医師になりたかった。」
正直、かなり怖かった。それでも開いた方は塞がらなかった。きっと、この先生だからだろう。全て話した。ずっと医師になりたかったこと。でもこの学校を選んだ時に諦めたこと。先生は何も言わずに聞いてくれた。あぁ。この先生でよかった。この先生でなければ、私はもう2度と医師を目指すことなく何者にもなれない人生を送っていただろう。自分の本当の思いを見て見ぬふりして、その選択を後悔しないようにがむしゃらに楽しい人生を送っているふりをして。

「あなたは頑張れる子だから大丈夫。」
先生、それだけは分かってないですね。私はバレないようにサボるのが上手な子です。頑張らないで力を出したい子です。そんな子がここまで頑張ってこれたのは先生のおかげです。先生が、大好きだから。
分かりますか、私の気持ち。
今年の担任発表で可能性が0だと思っていた推しの名前が言われた瞬間。目が合ってニコッて微笑んでくれるSHR。些細なことでも褒めてくれる優しさ。全てが好きなんです。だから、褒めてほしくて頑張っていただけ。先生が見ているのは、作られた私。ただ褒められるのを期待して、学年1位を取り続けていただけ。
「頑張ります、今まで以上に。」
見ててください。先生の期待には応えられないかもしれない。夢が、叶わないかもしれない。また過去の自分の浅はかな志に失望する日が来るかもしれない。それでも、自分の本当の夢を応援してくれる人がいるだけで心強い。

高3になりました。いよいよ、受験生です。周りに比べると医師になろうと決めたのが遅く、すでに差を開かれています。正直、何度も心が折れかけました。「やっぱりこんな学校じゃ医学部に行けないんじゃないか。今からだと間に合わないんじゃないか。」医学部を目指していた先輩のうち、1人は本当に医学部に進学しました。担任曰く、5・6年ぶりらしいです。先輩が天才だっただけ。努力できる人だっただけ。私は、努力が苦手です。言い訳を考えて自分を納得させるのだけは得意です。先輩の話を聞いたとき、「あぁ、何をやってくれてんだ。この学校からでも医学部に行けることが証明されてしまった。それは私が証明して、先生に褒めてもらうはずだったのに。」正直、そう思いました。同時に、言い訳が通用しなくなるとも。だから今は、旧帝大の医学部を目指しています。先輩よりも上を。本来、大学に上も下もないと思います。それでも、より先生に褒めてもらえそうな高みを目指しています。それが巡り巡って自分のためになるから。
今でも私の頑張りの根底にあるのは、先生です。努力は先生中心に積み重ねています。頑張る方法は人それぞれでいいと思うんです。私は、先生にただ褒めてほしい。それだけです。
医師になるのは、今の私には到底及ばない大きな夢です。それでも、私は声を大にして宣言します。
医師になりたい。
1年後の春、先生にたくさん褒めてもらうために。