…だめだ。あの時と全く同じ。
雨がほしい。
私は最終手段に出る。
パキ、と音を鳴らし、ペットボトルのキャップを開ける。
そして、頭上にペットボトルを持っていき、逆さにした。
生ぬるい水が、つむじに当たって、身体の四方八方に駆け抜ける。
欲を言えばもっと冷たい方がいいが、もう雨のような水にあたれるのなら何でもよかった。
水と汗が混ざって、ぬるぬると気持ち悪くなっていた。
だが、それすらも乾くのはあっという間だった。
「雨…。雨がないと、もうだめ…」
私は前を向いて、誰にも聞こえないであろうと思いながらも、そう言った。
すると、屋上につながるドアの隙間から、ぽつぽつという音が聞こえた。
雨だ。
私は、そのドアに向かって、今までで一番速いスピードで階段を駆け上がった。
ドアを開けると、蝶番(ちょうつがい)が元気よく唸った。
そこには、お天気雨の空が広がっていた。
「よ、よかった…!!」
私は胸をなで下ろして、ほっと息をついた。あのままだったら、今頃倒れていたかもしれない。
少し座って休憩しようかな、と思ったら、
「うーあー…」
と人の声が聞こえた。
後ろを見ると、一人の男の子が苦しそうに座っていた。
…人が、いる。
なんでだろう。ここは私のお気に入りの場所で、誰にも会ったことがなかったのに。
いつもは人なんかいないのに。
「雨、ほんとにやばい…」
その男の子は、苦しそうに目を伏せた。
…こういう時って、助けたほうがいいのかな?
もしかしたら、大丈夫ですか、お水どうぞって言って、ありがとうって言ってくれるかもしれない。
けれど、私は小さい頃から人と話すのが苦手だ。きっと、この体質だからだと思う。みんなと違っているから、あまり話すのが好きじゃない部分がある。
でも、なんでこの人はそんなに雨を苦しがっているのだろう。
私と、同じなのかな。
私は、ごくりと唾をのんだ。
助けるしかない。助けたい。
「あ、あの、大丈夫ですか…!?せめて、あの、これ、水を…!」
…。
あー…。急に話しかけられたら、そりゃあびっくりするよね…。
なんで、私こんなにぎこちない喋り方になっちゃうんだろう。親しい人なら、平気なのに。
…悔しい。
「…俺に、水くれんの?」
ふと、その男の子は言った。そして、頭についた雨滴をはらった。
私はコクコクと頷く。
そして、男の子は私を見上げる。綺麗な琥珀のような瞳が、ふっと優しい顔つきになる。
「ありがとな!」
にこっとした表情が、少年のように見えた。
…あれ、怖くない。
どうしてか、最初にあった不安は真っ白にかき消されていた。
どんな人なんだろう。なんで、雨を苦しがっていたのだろう。
この人が、気になる。
初めて、そう思った。