あれは確か、今日みたいな暑さの日だった。
『ねぇ、ママ、お水』
私は、両親と公園に来ていた。三、四才の頃だったと思う。
『澪、大丈夫?…まだ午前中なのに、あなたもう五本目を飲もうとしてるじゃない。なのに全然トイレに行こうとしないし…』
『お水飲みたい。…お水、お水の中入りたい』
その時は、ただ身体が水を求めていた。持ってきた水筒は三十分もしないうちに空になり、自販機で何度も水を買った。
水を飲んでも、足りない。飲んだ気がしない。
だから、水をそのまま浴びたい。全身に水をかけたい。水の中に入りたい。
水。水。水。水。
『…今日は一旦帰ろうか。ね、澪。ママ、このままじゃ澪は熱中症に…、いや、もうなりかけているのかもしれない』
『熱中症…。こんなにタオルが熱くなってる、どうしよう…』
首に巻いてきた冷やしタオルが、気付けば熱くなっていた。
『だから一旦帰ろう。ただ暑いだけかもだから。澪、どこか体調が悪いとか、何かないか?』
今日熱中症とみられる症状で搬送された人数は…。なんて言葉をニュースで何度も耳にするけれど、そういうのじゃない。
暑いなんて言ってない。
ただ水がほしいの。
目の前に、白いチカチカが見えるの。
心臓がいつもよりどきどきしてるの。
走ってないのに、ずっと息切れがするの。
おかしいの。
『…澪?』
水がほしい。
雨が降ればいいのに。
()
『…雨がほしい(・・・・・)
その直後、私は足の力が抜け、前に倒れそうになった。幸い、父親に支えられたので怪我はなかった。

その後すぐに病院に行った。
だがその前に、私は両親に自分がどんな状態だったのかを伝えた。
そこで、両親の間で、仮説が生まれたという。
熱中症ではない、別の何か(・・・・)
雨を求める。なぜ?
それは医者にも解明できなかった。
『熱中症のように思えるんだけど、なぜ澪ちゃんは雨を求める?太陽の光(・・・・)に弱い?』
『いや…。でも、保育園ではあまり外遊びはしないと聞いています』
雨。太陽の光。わからないなぁ、と、医者は何度も首を捻った。
ただ、はっきりしない顔つきには変わりなかったが、とある資料を見せてくれた。
『私はなんとなくですが、これに関係があるんじゃないかと思っています』
それは、現在の医学で解明することができていない、先天的なもの。
雨に当たる、もしくは太陽の光に当たると一時的に体調不良になってしまう、というものだった。
『…ど、どういうこと、ですか…?』
『これかもしれない、というだけで、断言はできません。医学で解明されていないものだからこそ、様々な憶測が飛び交っています。精神的なものからくる症状、生まれ持ってのものなど、私達にはまだわからないことだらけなのです。第一、まだ日本でも指を折って数えられるくらいの人数しかいない。…ただ、一つ、決定的な共通点があります』
医者は、今まで両親たちに目を合わせていたが、その時は、私をしっかり見つめた。
『自分が症状を起こす逆のものを求めるのです』
私はその当時よくわかっていなかったけれど、今思い出すとピッタリだ。
『澪ちゃんの場合、太陽の光に当たると症状を起こし、太陽の光の逆である雨を求める。…ということです』
『…じゃあ、澪はこれから、外に出る時…』
『雨の日が望ましいでしょう。…こちらもしっかりと対応しますので、通院していただくのがいいかと』

この日から、私の人生は狂った。
太陽の光を極力浴びないようにした。だけど。
解明されていないものだとしても、まだ日本に同じ症状を持っている人がいれば、チャンスはある。
そう考えて、私はSNSに投稿を始めた。「あまくも」として。
きっと、同じように悩んでいる人がいるから。
私だって、頑張らなきゃ。
そう誓った。