「ご無沙汰しています」 
 と李仁がその女性、明里を目の前の空いているカウンターに手で座るよう促すが、彼女はまだ挙動不審のように立ち尽くしていた。

 ダイニングバー「ムーンライトメロディ」の内装は、シックで落ち着いた雰囲気が漂っている。
 間接照明が温かい光を放ち、周囲には木目調のカウンターと高い椅子が配置されている。シンプルでありながら、おしゃれで居心地の良い空間が広がっている。

 カウンターには長い鏡面が敷かれ、李仁が手際よくカクテルを作る様子が映し出されている。店内にはほかにも数名の女性やサラリーマンがおり、各々がおしゃべりを楽しんでいる。

 李仁は、イケメンで色気が強いだけでなく、中性的な雰囲気も持つ人物である。そのため、男性からも女性からも魅力を感じる存在となっている。彼の整えられた黒髪は、彼の美しい輪郭を引き立てている。

「ねぇ、ほうれん草のソテー作ったから食べて食べて」
 と李仁が食べて欲しいと言わんばかりに出す。色、艶、見た目を見るとふだん明里が食べている総菜のほうれん草のソテーよりも断然おいしそうに見える。

 他の客の食べているものを見ると、先ほどのほうれん草のソテーだけでなく、おしゃれな食材が器に綺麗に盛り付けされている。そしてそばにはワイングラスに入ったビール、ワインなども揃えられている。

「ここはおしゃれ版居酒屋だと思ってくれればいいわ」
 と李仁が説明する。その言葉通り、ダイニングバー「ムーンライトメロディ」は、居酒屋の気軽さと高級感が程よく融合した特別な場所であった。
 しかしながら明里は居酒屋もましてやこういうバーには1人では行ったことがなく、思わず緊張してしまう。
 でも、キラキラ輝くグラスに水を注がれ、お通しであるほうれん草のソテーが綺麗にかつオシャレに置かれた皿に興味津々に見つめた。

「来るの待ってましたよ、明里さん」
 と李仁が言うと、彼に名前を覚えられていることにさらに明里は恐縮してしまう。
 この二人が出会ったのは、今から一ヶ月前のことである。