互いに気に入った本を持って近くのベンチに座った。
 湊音は人気の小説本、このあと買うという。本は借りるよりも買う派で実家と今の住んでいるアパートにたくさんの蔵書があると聞き、今度部屋に来る? と言われ明里は頷いた。
 李仁から今だけでなく次の約束を先にしておくと安心よ、と言われたことを思い出した。
 明里は栄養管理師の本。
「あれ、明里さんは医療事務だよね?」
「はい。実は最近まで料理習ってて……もっと勉強したいなぁーと思ってつい」
「……なるほどねぇ」
 湊音は少し興味がなさそうだ。明里は彼が小説しか読まないことを知っているからそれは別に構わない。

「でもやっぱり女の子は料理できないとね」
「え、あ……うん」
 つい最近まで料理ができなかった明里。ドキッとした。

「いやーさー、前の妻がね仕事ばっかりして家事料理まったくしなくってさ。出来合いばかりで」
「……はぁ」
 前妻の話……と思いながらも明里はとりあえず話を聞くことにした。話を聞くことも大事、それも教えられてきた。ネガティブなことも何か根幹になにか重要なことがある、ヒントがある、とも。

「掃除もしなくて困ったよ。あっちも教師でさ。仕事のことしか頭になくて困ったよ。医療事務だったら結婚して子供産まれても雇われやすいし短時間だろうから家事もできるだろう」
「あ、そ、そうなんですか……」
 明里はそんな気持ちで働いたわけではないと思いつつも本を開いた。
「なんかさ、楽してとかー時短でーとかさ、そういう本が多いけど主婦になったら時間あるだろうし。手間暇かけてこそ美味しいご飯になるとおもうんだよね。普通妻なら夫のため家族のため頑張ると思うんだけどさ」
「は、はぁ……」
「うちの母さん、雑誌の編集長なんだけど他の主婦より時間ないのにすっごく料理うまくてね、料理以外でも掃除も完璧なの」
 明里は絶句した。なんと湊音はこんな時代にゴリゴリ昭和時代考えの男だった。しかもマザコン……。

「実家に戻ってきてとか言われてるけどさぁ、ちょっと過干渉すぎるんだよね、僕一人っ子だし……ミナくんミナくんうるっさいんだよ」
 きっと気を許した明里に対して本心が出たのであろう、明里の知らなかった湊音の本性がボロボロと出てきた。



 その時明里は職場の給湯室の会話を盗み聞きした時のことを思い出した。