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 「華梛……!!」

 顔を見るなり抱きついてきた琴音を受け止め、背中を擦る。

 きっと怖かっただろう、不安だっただろう。

 計り知れないその気持ちを何とか受け止めようと優しく優しく手を添えた。

 「友人です。いえ、現場には彼と彼女が……、はい。あ、……今、ですか?」

 私たちよりやや遅れて入ってきた警察官に、雨宮くんが対応してくれている。
 その声を聞きながら私は、櫂晴を探していた。

 「櫂晴」

 櫂晴は、緊急治療室の扉の前で、頭を抱えて座り込んでいた。
 私が名を呼ぶと、小さく肩を震わせてこちらを見上げる。

 その目は、どうしようもなく不安げに揺れていて、私はそれだけで泣きそうになってしまった。

 「櫂晴、こっち座ろう?そこ出入り口だから」

 とにかく今は、私はしっかりしていないといけない。
 たったそれだけの、細い細い一筋の理性で、私はギリギリ立っていた。

 手を引くと、櫂晴はほんの少しだけ移動して、ドアから少しズレた壁にくっついて座り込んでしまう。

 そこならいいか、と、私は横にしゃがんだ。

 手を引いた時に握られた手は汗でぐっしょりだった。そしてその手は今も強く、離されない。

 「俺が、俺のせいだ……。頼む楽久、楽久……」

 うわ言のように呟き続ける彼に、私は背中を擦ることしかできなかった。

 「警察の人が、事故当時の話を聞きたいって」

 雨宮くんの冷静な声に、櫂晴は小さく顔を上げた。

 「俺が、俺が、よく見ず走り出して、俺のせいです、俺が!!」

 大声でそう言い、泣き崩れた彼に、私は今は無理だと首を横に振る。
 その様子を見て、琴音が、ぎゅっと雨宮くんの服を掴んだ。

 「ことが、私が行きます……。櫂晴はまた落ち着いてからにしてあげて。
 でも私じゃ、上手く話せないかもしれないから、雨宮くんも一緒でいいですか」

 涙目でそう言った琴音は、私に向かってぐっと頷いた。
 不安で震えていたのに、琴音こそ、不安で怖いはずなのに。

 そんな顔を見せた彼女に、私も強くならなければと唇を噛み締めた。

 長い手術を終え、楽久くんは一命を取り留めた。
 詳細は分からないけれど「大丈夫だから」と楽久くんの両親に告げられた私達は、やっと安堵の息を漏らした。

 塾を飛び出した時間から8時間、やっとちゃんと呼吸ができたような気がした。

 「楽久、楽久良かった……」

 ベッドに横たわる楽久くんの隣で泣き続ける彼は、日付が変わっているのに、そこから動こうとしなかった。

 「櫂晴くんのことはよく知っているから」

 初めてお会いした楽久くんの両親は、櫂晴も泊まることを許してくれて、その日は、私と雨宮くんと琴音の3人で病室を後にした。