「あーあ、楽久にお礼しねーとな」
 「音坂くん?」

 スッキリした様子で、笑った櫂晴に聞き返す。

 「そう。素直に言わなきゃ大切にしなきゃ、離れてくぞって、脅しみたいなこと言いやがって」
 「音坂くんが?実は私もね……」

 私達の様子を見て、陰で動いてくれていた音坂くんにはもう頭が上がらない。
 音坂くんは、本当に、櫂晴のことが大切なんだろうなと、少し微笑ましく思った。

 「音坂くんとは、昔から仲良しなの?」

 昔の事は、あまり聞いたことがなかった。
 落ち着いた時間に、そんなことを尋ねると、櫂晴は懐かしそうに頬を緩めた。

 「あー……中学生の頃、季節の家で会った。俺その頃、めちゃめちゃ気遣って生きてて。
 施設育ちって偏見があって、小学生では友達いなかったから、皆に好かれてないと不安だったんだよな」

 先程、いろいろあって。と濁された過去が明らかになっていく。

 「でもそれってすげー疲れんの。今も気遣う相手には常に笑顔でいねーとって癖に残るくらい、必死だった。
それでまぁ、自暴自棄っつーか、その、都合がいい相手と適当につるむのが楽で……色々、そういうのもあったし」

言葉を濁した彼が、遊び人だと知られる理由のことを言っているのだと察する。

もう今は違うからなと慌てて加えられた言葉に笑いながら頷いた。

 「ダイくんは、そんな俺が素を見せられる唯一の人で、そのお店で偶然出会った楽久も、俺を理解してくれる数少ない友人なんだ」

彼は、懐かしそうにお揃いのピアスに触れていた。

 「へえ……、でも、運命みたいだね。偶然会えるなんて」
 「俺は中学この辺じゃねーんだけど、平日うろうろしてたときにダイくんに出会って、お店教えてもらってからは入り浸ってたし。
 楽久はこの辺のやつで、ちょっとサボり癖があったから結構来てたみたいで、必然っちゃ必然だけど」

 面白そうに笑った櫂晴に、私はなるほどと頷いた。

 知らなかった櫂晴の過去を知れた。
 櫂晴の笑顔に隠された秘密を知った。

 この喧嘩は、きっと、私達の関係をより深く強いものにしたはずだ。