「あの、分かってると思うけど、私は、雨宮くんのこと、なんとも思ってないよ。
 あの日、不安になって泣いてたのを偶然雨宮くんに見られちゃったんだけど……。
 だけど、私が好きなのは、櫂晴だけだよ」

 不思議と今日は素直になれた。雨宮くんとしっかり話をしたのも大きかったのかもしれない。

 「うん。俺も琴音とは何も無い。それは本当で。だけど、放っておけない理由があった。琴音のことだから、華梛にもどう説明していいか分からなかった」

 俯いた櫂晴の隣に腰を下ろす。
 黙ったままでいると、櫂晴は、ぽつりぽつりと話し始めた。

 「俺、両親いなくて施設で育ったんだよ。だからまあ、偏見とか友達関係とか大変だった頃もあって」

 一人暮らしの理由、音坂くんが言っていた話と重なって、私は黙って櫂晴の手に触れた。
 その手は、ギュッと握り返してくれた。

 「琴音も、家で今色々あるみたいで、帰り辛いって、頼れる人がいないって言うから。どうしても放っておけなかった」

 櫂晴の優しさは、痛みを知っているからこその優しさだった。

 「本当に琴音とは何もないし、華梛以外ありえない。だけど、不安にさせてごめん。だからもう、琴音にもちゃんと説明してやめるから……」

 物分りの悪い彼女になりたい訳じゃない。
 事情があるのに、会うななんて言いたくない。

 私は首を左右に振った。

 「それが聞ければいいの。でもふたりきりはちょっと、心配だから……」

 櫂晴の肩にもたれかかると、押し返すように反対からも体重を掛けられる。

 「うん、分かった。約束する」
 「勝手に不安になって、塾休んでごめんね」
 「不安にさせた俺が悪いから。あの日は、言い過ぎただけ。別れたいなんて思ってない」

 素直になり合ったあとは、なんだか気恥ずかしくてお互いに視線を逸らした。