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 大きな喧嘩をしてしまってから数日。
 音坂くんからの目配せを何度も受け取りながらも、私はずっと話しかけられずにいた。

 塾へ行ってもため息が止まらない。
 静かな自習時間にはやっと、集中できるようになったけど、それでもどこか気は逸れていた。

 「じゃあ、そろそろ帰るね」
 「あ、俺も出るよ。途中まで一緒に行こう」

 自習を終えて教室を出ると、雨宮くんも席を立った。
 あの日、怒った雨宮くんのことも少し気にはなっていた。

 雨宮くんはとにかく優しい人だ。
 正義感が強く、間違いは許せない人。

 だけど、ただのそれだけで、あんなに怒ってくれるものなのだろうか。
 その自惚れのような気持ちは、その日の帰り道に真偽が明らかになった。

 「俺、美雲とお似合いだって言われてて、満更でもなかったんだ。美雲みたいな子と付き合えたら穏やかに過ごせるんだろうなって何となく思ってた」

 この前と同じように駅前の広場で座り、雨宮くんは口を開いた。

 私は、思っていたよりもずっと冷静にその言葉を受け取っていた。
 全く同じ気持ちだった。私も、そう思っていたから。

 「だから、相楽と付き合ったって聞いてショックだった。それで、美雲を泣かせた相楽が許せなくて。勝手なこと言ってごめん。
 俺、きっと、美雲のこと、好きだったんだ」

 眉を下げて笑った雨宮くんに、私は首を横に振る。

 「私も、同じこと思ってたことあったんだ。お似合いって言葉、ずるいよね。だけど……」

 雨宮くんは、私の言葉を遮って爽やかに笑った。

 「一緒だった時があったって知れただけで嬉しい。絶対、幸せになってよ。じゃないと諦めつかないし」
 「ありがとう、雨宮くん」

 爽やかで優しくて気も遣えて、やっぱり完璧な人だ。
 恋愛感情では無かったけれど、間違いなく尊敬し憧れる彼にはきっと幸せな恋をしてほしいと、私は思わず願っていた。