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 放課後ということもあり、教室へは帰らなかった。

 だって、櫂晴の事は見られないし。
 雨宮くんと会ってもどんな顔をしたらいいか分からないし……。

 その場にずっと座って、ぼんやりとする私は、放心状態だった。

 「美雲」

 その教室に現れたのは、音坂くんだった。

 まさかの登場だったけれど、それを驚くような元気すら私には残っていなくて、少しだけ振り返ることしかできなかった。

 音坂くんは無言のまま後ろ手に教室の扉を閉め、出窓になっている壁に飛び乗った。

 その慣れた行動から、この空き教室は、彼らのサボり場所なのかもしれないなとぼんやり思う。

 「櫂晴ってさ、誰にでも笑顔向けるし、誰にでも優しいじゃん?」

 導入から突然で、私は静かに目を向けて小さく頷く。

 「あの笑顔はさ、自分を守るためなんだよ」
 「守る……?」

 言っている意味が分からなくて、静かに聞き返した私に、音坂くんは頷いた。

 「あいつの一人暮らしの理由って聞いたことある?」

 首を横に振った私に、彼は「だよな」と小さく零す。

 「詳しくは俺からは言えねーけど。あいつにもいろいろあって。でも美雲には相当心許してると思う」

 何を根拠に、と私は笑ってしまった。
 自身を嘲笑うような乾いた笑いが出て、音坂くんとは目をそらす。

 少なくとも、今日までの付き合いで、そんなことは思えそうになかった。
 だって、そうじゃん……。
 琴音ちゃんのことも大切にしているみたいだし。

 「誰にだって優しくあろうとするのは、あいつの癖なんだよ。不機嫌になったり我が儘になったり、そんな姿を見れてるってことは、特別に思われてる何よりの証拠なの」
 「でも……だったら、」

 だったら、もっと説明してくれてもいいはずだ。
 私には、櫂晴の考えていることが分からなかった。

 「意外と繊細なんだよ。聞いてみたらいい。美雲にならきっと、話してくれるよ」

 音坂くんの話は、信じがたい部分も多かった。

 だけど、このままではいたくない。
 真実があるなら知りたい。

 彼の言葉は、ほんの少しだけ私に進む勇気を与えた。