⋆*
 次の日の学校で、私は櫂晴の顔を見れないでいた。

 櫂晴と直接何かがあったわけではない、だけど、心の引っかかりが大きくなってしまった今、いつも通りの笑顔を向けられる自信がなかった。

 「琴音、昨日の話だけど」
 「あ、うん。昨日はありがとうね」

 可愛らしい琴音ちゃんの声が、なんだか今日は嫌な声に感じる。

 甘えた声。そんな声で櫂晴に話しかけないで、近づかないで。

 惨めな感情が積もっていって、思わず耳に手を当てた時、落ち着いた声がその会話に混ざり込んだ。

 「相楽」

 落ち着いているけれど、いつもよりずっと棘のある声だった。

 「え、雨宮くんなんか雰囲気違くない?」

 すぐにクラスが気付く程の異様な雰囲気に、七星もその声の先を振り返り、私をつつく。
 私も聞き覚えのある声に驚いて目を向けると、琴音ちゃんの席の近くで、櫂晴と雨宮くんが対峙していた。

 「えっと、なに?」

 友好的にも見える笑顔を向けた櫂晴。
 その笑顔がほんの少しだけ引きつっていることは、みんなには伝わっているのだろうか。

 「ここじゃちょっと」

 言葉を濁して教室を出た雨宮くんを、櫂晴は追いかけて行った。

 友人たちに向けてヘラりと残して言った笑顔は、やっぱりどこか引きつっていた。

 私はなんだか胸がざわざわして、思わず立ち上がりその後を追う。

 二人は無言のまま、屋上へと上がって行った。
 ドアが閉じられたのを確認し、私は一気に階段を駆け上がった。

 ドアの向こうで、薄っすらと聞こえた声は、耳を澄ませば聞き取れる声だった。

 「昨日、美雲が塾に遅れてきた」
 「は?」

 櫂晴は驚いているようだった。
 私も同じように驚き、思わずドアを開きそうになる。

 「その理由も聞いた。中途半端な付き合いをするなら、他にしろよ。美雲が傷つくのは見てられない」
 「は……?どういう意味だよ」
 「心当たりはあるんじゃないのか、昨日誰と一緒にいた?」

 確信を突き続けるような雨宮くん。
 彼のこんな強い言葉を聞くのは初めてだった。

 やめて、櫂晴を責めることは言わないで。

 そう思う自分もいたけれど、私の足はどうしてか動かないままだった。

 ドアを開くタイミングを失いその場に立ち尽くす。
 櫂晴は、何も言わなかった。

 何も言わないってことは、なにかやましいことがあったということなのだろうか。

 悲しみが沸き上がり、私はその場にしゃがみ込んだ。