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 塾へ入ってすぐのロビーに、雨宮くんがいた。

 もう授業が始まってから15分ほど経つはずなのに、教室の外にいる彼に驚く。
 赤い目をしていないだろうか。涙もそのままにとぼとぼと歩いてきた自分の顔が急に気になった。

 「教室、行かないの?」
 「今日は無理でしょ。大丈夫今日の範囲は俺が教えるよ」

 そう言った雨宮くんは、私の背中を押して外へと出た。

 「なんで、大丈夫だよ……?」

 言いながらも息が詰まり、溢れ出す涙が嫌になる。

 なんで?そんなに大きな事件があった訳じゃないのに、なんでこんなに……。

 「大丈夫じゃないでしょ。そんなに泣いてたら先生もみんなもびっくりするから」

 ぐうの音も出なかった。雨宮くんの言うことはいつも正しい。

 「だけど、だったら、雨宮くんは戻ってよ。模試近いし、大事な時期だし」
 「大丈夫だって。ひとりに出来ないし」

 雨宮くんは当然のように呟いて、にっこりと笑った。
 その笑顔の優しさに、私は静かに泣くことしかできなかった。

 振り切ることができなかった。

 櫂晴がいるのに……。
 そんな思いはやっぱりどこかにあったけれど、辛いときにひとりにされなかったのは、嬉しかった。

 駅の近くの広場に辿りついて、雨宮くんはキッチンカーからちょっとした軽食と飲み物を買って来た。
 渡された温かいココアに、手のひらが温まる。

 「相楽と、なんかあったの?」
 「ううん……。私が、勝手に不安になっちゃっただけで……」
 「だとしても、不安になるようなきっかけがあったんでしょ?」

 優しい雨宮くんの問いは、自然に私の言葉を引き出していく。
 私は、雨宮くんに導かれるように、順を追って出来事を話していた。

 話しながら、私自身も気持ちが整理されていく。
 聞き終えた雨宮くんは「なるほどね」と小さく相槌を打った。

 「不安に思って当然だと思うよ。美雲はちょっと自分を責め過ぎだと思う」
 「でも……」

 はっきりと私を擁護してくれた雨宮くんに少し救われる気持ちにはなったけど、私だけの意見を聞いた彼ならそう言うだろうなと、冷静になる。

 櫂晴のことを悪く伝えてしまっただろうか……。

 結局自己嫌悪に陥る私を救いあげるように彼は優しい言葉を重ねてくれた。

 「誰だって疑問に思うよ。相楽だって、もっと美雲の気持ちを考えて行動するべきだし。我慢するのは良くないよ」
 「そうだよね……」

 納得したような言葉を返しながらも、櫂晴に気持ちを伝える勇気は到底出てこない。
 私が我慢すれば、何も問題ないのだ、と思ってしまう。

 その気持ちを見透かしたように、雨宮くんは不満そうにこちらを見つめていた。