きっと、ギリギリだった。
 溢れ出した涙に戸惑いながら、一人で嗚咽を漏らす。

 夢を追う彼が好きだった。だから邪魔をしないようにって気をつけたことはたくさんある。

 なのに、櫂晴は、練習よりも琴音ちゃんを優先して走って行った。
 私がそう望んでいたからかもしれないけど、私の予定よりも絶対練習を優先するのに。

 一度零れた感情は、信じられないくらいに止めどなく溢れ続けた。
 平気だって言い聞かせてた。だけど、そんなわけなかった。

 不安だよ。櫂晴。私、ずっと不安だったんだよ。

 突然音を立てて、電話が来たことを知らせるスマートフォン。

 少しの期待を胸に、開いた着信画面に表示されたのは、櫂晴とは違う名前だった。

 肩を落としながら、私は数回喉を鳴らし、通話に出た。

 「はい」
 「あ、美雲?大丈夫?もう授業始まるけど」

 電話は、雨宮くんからだった。

 「あー……ほんとだ。時間忘れてた」

 乾いた笑いを零した私に、雨宮くんは静まり返る。

 「美雲?今どこ?」

 心配そうでありながら強い芯を感じる言葉に、私は驚いて早口で告げた。

 「すぐ近くだから。行くね。遅刻するって伝えておいてくれると嬉しい」

 言い捨てて、返事を待たずに電話を切った。

 電話が来て気がついた。雨宮くんのことだって、櫂晴が嫌だと言うから、わざわざ塾へ行く時間をずらした。二人で課題をすることもなくなった。

 塾の時間だけは、やっぱり同じ大学を目指す先輩として、いろんなことを教えてもらっていたけど、それ以外の付き合いをやめたのに。

 私だけ、なのかな。私って重い存在なのかな。

 再び溢れ出しそうになる涙をこらえて、私は立ち上がった。
 どんな理由があっても、塾へは行かなきゃいけない。そんな気持ちがどこかに残っていた。