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 「ねえ、櫂晴。今日レッスンの前ちょっとだけ付き合ってよ。お願い」
 「あー…分かったよちょっとだけな」
 「ありがとう!コト、櫂晴に相談したかったの!」

 遠くから眺めていた頃は、みんな可愛げがあって私とは違う女の子だな。なんて、一括りに見えていた女の子たち。
 そして、一度一緒に遊んだ時に、彼女たちは素直にイツメンとして櫂晴や楽久くんのことを慕っているだけだと、理解していた。

 だけど、自分が櫂晴の彼女という立場になって、ひとりだけ……少し気になる存在がいた。

 集団の中でひと際身長が小さく、いつも少し飛び跳ねながら、思いのままに感情を表す女の子。
 一人称が「コト」というところからも分かる、可愛らしい女の子の琴音(ことね)ちゃん。

 彼女だけは、なんとなく他の子とは違う空気を感じて、少し不安に思っていた。
 話を聞く櫂晴の顔も、なんだか優しげで、彼女の事を大切にしているような気がしていた。

 だけど、櫂晴は、私のことを特別だって言ってくれるし、大丈夫。不安になんて思う必要ない。
 そんなの、彼女になった私の贅沢だ。

 そう言い聞かせて、自分を納得させていた。

 初めての恋に加えて現れた、初めての不安。それは、言語化をするには難しく。
 色々な感情が交錯する中では、私はそれを閉じ込めるしか、解決方法を知らなかった。

 「琴音」
 「あ、待って櫂晴!」

 少しの言葉だけで分かる合図をして、放課後ふたりは教室を出て行った。
 追いかけたい気持ちを抑えて、私は荷物を片付ける。

 「華梛、辛くなる前に言った方が良いよ?付き合ってるんだから」
 「分かってるよ、大丈夫」

 なかなか素直になれない私は、心配してくれていると分かっていても、そんな言葉しか返せない。
 七星に笑いかけると、彼女は不満そうな表情のまま、教室をあとにした。

 「美雲。行こう」

 私に話しかけたのは、雨宮くんだった。

 櫂晴と付き合い出してから、私と雨宮くんの間には、妙な距離が生まれた。

 きっとそれは、彼氏持ちになった私に対する、雨宮くんの心遣いで、私は感謝している。

 「そうだね」

 私は、鞄を持って席を立った。

 だけど、同じ塾へ通っていることは、変わりないし、今は志望校も一緒になった。
 大きな夢を追いかける私にとって、雨宮くんは、これ以上なく頼れる相手であることには変わりない。

 そんな私たちの様子は、よく考えれば、親しげに見えてもおかしくなかったと思うのだけど。

 恋愛初心者の私は、そんな想像すらできていなかった。