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 少しして体を離した彼は、照れたような熱っぽい瞳でこちらを見つめていた。
 途端に昨晩の出来事が思い出され、恥ずかしくていたたまれない気持ちになった私は、視線を忙しく泳がせる。

 少し角度を変え近付いてくる整った顔。
 初めて経験するその状況が、つまりは何を意味しているのか、私は理解していた。

 泳ぎ果ててぐるぐると回りそうな視線をさらに彷徨わせ、もう一瞬というところで私の両手は目の前に迫った彼の顔を掴んだ。

 やっとの思いで視線を合わせると、彼は眉をひそめこちらを見つめていた。

 その目は「なんで?」と伝えている。
 文字で浮かんでいるかのように痛いほど伝わるその疑問を、私は逆に押し返した。

 「ち、違うじゃん!そんなのっ!もうほんとチャラい!遊び人!!」

 鞄を投げつけたい衝動はギリギリ押え、感情のままに言葉を投げつける。

 「はぁ、伝わんねーなあ……」

 彼は、ため息をひとつ零してから、また1歩、私に近付いた。
 警戒する私を安心させるように微笑みかける。

 「華梛、俺と付き合って」

 信じられない言葉が飛び出した。顔が一気に燃え上がるのを自覚する。

 だけど、にわかには信じられない。だって、彼には選べるほどのたくさんの女の子が近くにいる。

 私は彼に出会って新しい世界を知って、夢を憧れていたし恋心も自覚していた。
 だけど、私なんか、彼の周りにいる誰よりも可愛げがないし、そんな対象ではないはずで、そんな事実は重々に承知していた。

 「えっ、えっ!?なんでっ!?」
 「なんでって……」

 飛び出した言葉に、彼は声を出して笑った。
 楽しそうに笑う櫂晴に、私は形容しがたい表情で見つめ返した。

 「ほんと、ムードとか知らねーの?」

 苦しそうに片方の眉を下げて笑う彼は本当に楽しそうだった。
 その笑顔を見るだけで、不思議と私まで楽しくなってしまうのだから、結局私は彼の虜なのである。