「華梛のお父さんはね……」

 しばらくして、やっと口を開いた母は、優しい目をしていた。
 その内容は、許す許さないの答えではなかったけれど。

 「カメラマンだったの」
 「カメラマン?」

 初めて聞く話だった。

 「堅実に、真面目に」
 それが口癖の母が結婚した人とは思えない。
 あまりにも現実的じゃない職業が飛び出し、思わず聞き返す。

 「驚くよね。お父さんも、ずっと夢を追いかけている人だった。それはそれは輝いてた。夢を見てる人ってどうしてあんなに魅力的なんだろうね?お母さんも華梛と同じ。そこに惹かれていたの」

 懐かしそうだった。

 いつも凛々しいお母さんが急に女の子に見えるくらい可愛らしくて、きっとその頃の気持ちを思い出しているんだと思った。

 「だったら……」

 だったら、私の気持ちだって分かるはず。彼の魅力だって、分かってくれるはず。

 そんな思いを受け取ったように母は、凛とした口調に戻って続けた。

 「だけど、現実はそんなに甘くなかった。華梛が産まれて、生活を安定させるためにはお金が必要だった。
 夢を追いかけているような余裕なんてなくなった。それでお父さんは、カメラマンをやめて就職した」

 夢を諦めなくてはならない現実は、当然のように訪れることのようだった。
 それを経験した母だからこそ、強くその意思は残っているのだ。

 「でも、お父さんは結局夢を諦められなくて突然仕事を辞めてきた。バイトをしながら大きな夢を追いかけると言い始めた。
 安定していない、いつどうなるかも分からない、そんな日々でも現実を見ようともしない。このままじゃ、華梛を守れない。それで離婚を決めたの」

 耳を塞ぎたくなるほどに残酷な話だった。