「櫂晴は関係ないの。本当になりたかったの。今まで言わなかったのは、ずっと逃げていたから。
 私にはなれないって、現実を突きつけられるのが怖くてずっと本気になれなかっただけ」

 見つめていたノートから視線を外し、母はこちらを見つめた。

 いつもなら臆していた。母の落ち着いた瞳から逃げることなく、私は初めて、本当の気持ちを口にした。

 「楽だっただけなの。お母さんの期待に応えるのが、いちばん、私にとって楽な道だった」

 母は一度口を開きかけて、何も言わないまま再び閉じた。
 いつも凛としてかっこいいお母さんが、言葉を選ぶ姿を目にしたのは、初めてのことだった。

 「櫂晴が教えてくれたんだ。櫂晴も、違う夢を追いかけてるの、簡単じゃない夢なんだよ。馬鹿にする友達もいるみたいだし……。
 だけどずっと真っ直ぐで折れなくて、奮わない結果も受け止めて一生懸命努力を続けてるの」

 私の差し出したノートを握り、黙って話を聞いてくれるお母さんに、改めて向き直す。

 「私、そんな櫂晴が羨ましいと思った。
 それで、気付かされた。私、気象予報士の夢、諦めたくないんだって。
 手遅れになる前に、本気で追いかけなきゃって。
 櫂晴が、そう思わせてくれたの」

 「華梛……」
 「第一志望に書いたのは、日本で一番レベルの高い気象学を学べる大学。そこへ行って資格をとる。やるなら全力で頑張りたいの。だから、お母さんには、応援してほしい」

 こんなにもはっきりと自分の夢を伝えたのは初めてだった。

 言い終わってみると、不思議と清々しかった。
 あんなに震えていた感情は、今は何も無い。

 それどころか、口角が上がってしまう程の達成感に、結果はどうであれ、とりあえず自分を褒めたいと、そう思った。