学校中から遊び人と称される櫂晴。

 女の子と距離の近さは言わずもがな。それに、先輩後輩限らず顔が広く、彼を誘いに来る女の子も多いから、その噂は嘘ではないことは確かだった。

 そんな彼のことを、意識してドキドキしてしまうようになるのは完全に想定外の出来事なのだけど。

 櫂晴本人も、予想に反して紳士だった。たった二人きりのこの部屋の中で、彼は1ミリたりとも私には触れなかった。

 それってもしかして、私には魅力がない……ということじゃないだろうか。
 女の子には慣れているはずなのに、私はそういう対象じゃないってこと……?

 ショックを受けるようなことじゃない。
 だけど、こんな大切な時期に、馬鹿なことを思っている。信じられない自分だった。

 片付けをしている間に、彼は寝てしまっていた。
 ほんの数分だったのに、きっと疲れているのだろう。

 「櫂晴、私、帰るね……?」

 起こすのも悪いような気がして、迷いながらも小声で彼に伝える。
 立ち上がろうとしてた足は動かなかった。

 寝ている櫂晴は普段よりずっと可愛かった。
 なんだかずっと見ていたい。そんな気持ちで静かに彼を見つめる。

 「……ん、華梛?」
 「あ、ごめん、帰るから」

 少しして、目を開けた彼はぼんやりとしていた。

 立ち上がろうとした私を引き留めるように、温かい手が私の髪に触れ、優しく解かされる。
 目を丸くしていた私に、彼はしばらくして驚いたように目を見開き手を離した。

 「わ、悪い……っ」

 動揺する彼に、私は、引き裂かれそうな心臓に耐えるように俯いた。

 なんで私は違うんだろう。私が、もっと可愛くなれたら。
 いつも櫂晴の隣にいる子達みたいに甘えることが出来たら、今この時間はきっと、違うものなんでしょう?

 「……なんで、謝るの?」

 気付いたら、聞いてしまっていた。
 抑えられなかった気持ちに、私はすぐに後悔した。

 「あっ、違う、なんでもない!帰るね……!?」

 勢いよく立ち上がった私の手を、彼は強い力で引き留めた。

 「それ、どういう意味?」

 湿った前髪から覗く妙に色っぽい視線に、私は息を呑む。
 いざそんな空気になると体は強ばるものだった。
 彼に近付くには、私の恋愛経験は未熟すぎたのだ。

 黙っている私に、彼は再びそっと触れた。
 俯きがちだった顔を上げるように、そっと顎のラインに手のひらが当てられる。
 その指先が横髪を撫で、耳に触れた。ぞくぞくっという感覚に、私はギュッと目を閉じ顎を引く。

 彼がベッドから起き上がる音がした。
 近付く気配に目を開けられず、ただギュッと身体を固くしていた。

 アラームが鳴り響いた。

 帰る時間だと、残酷に告げるアラームに、私も彼もビクリと身体を震わせ、すぐにいつもよりも一人分多い距離をとる。

 「送ってくわ」
 「え……、あ、うん、ありがと」

 私は、上手く目を合わせられないまま、立ち上がって玄関へと向かった彼に黙って続いた。