「お母さんと、ちょっとね」
 「許してくれなかった?」

 言葉を濁した意味が無いくらい、どストレートに櫂晴の質問が刺さる。
 私は、小さくため息をこぼして、頷いた。

 「うん……。ていうか、ちゃんと言えなくて。それに、余計なことは言っちゃって」

 正直、後悔していた。

 だけど、もう夢を諦めることが出来ない私は、中途半端に謝ることも出来ない。

 「志望校のこと?そんなに反対されるもんなんだな」
 「な?俺もよく分かんねーわ!」

 驚いた様子だった音坂くん。
 笑い飛ばした櫂晴に、やっぱり彼が羨ましくて、自己嫌悪が募った。

 「でもここ正直うるさくて集中出来ないし、やっぱ帰ろうかな……とも思うんだけど。今は家でも落ち着いて勉強出来ないし」

 焦りばかりが募って顔を顰めた私に、櫂晴が声を上げた。

 「じゃあ俺ん家使えよ」

 まさかの申し出に、私は呆気に取られた。少しして、冷静を取り戻して首を横に振る。

 「は?なしなし!」
 「あ、確かにな」

 有り得ないことだったのに、音坂くんは簡単に同意して、飲み物を取りに席を立った。
 ふたりきりになったテーブルで、櫂晴は説明する。

 「俺、一人暮らしなんだ。こっから近いし使っていいよ。俺レッスン終わるまで帰んねーし、静かに集中出来んだろ!な?」

 私は、少し俯いてから小さく笑いを漏らした。

 勝手に意識したのは、私だけか。

 家を使っていいと言った彼に、あられもない想像をしてしまった自分が途端に恥ずかしくなる。
 彼は、勉強場所がなくて困っている私の為に、一番良い方法を提案してくれた。ただそれだけなのだ。

 「櫂晴、そろそろレッスンだろ。俺が美雲送ってく」
 「まじ?さんきゅ!」

 簡単な会話が成され、櫂晴はポケットから取り出した鍵を投げる。
 器用に片手で受け取った音坂くんは、私に席から立つよう促した。

 そして私は、その場から流されるように、櫂晴の家へと向かうことになった。