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 「……やばいやばいっ!」

 空き時間があったとはいえ、ゆっくりしすぎた。

 過去問集を借りるために進路指導室に行っていた私は、チャイムが鳴るぎりぎりで廊下を走っていた。
 スマホの時刻は少し前に1分前に変わっていた。もういつ鳴り響いてもおかしくない。

 荒い息で廊下を駆け抜ける。既に着席していた違うクラスから刺さる視線が痛かった。
 更に息を上げて階段を駆け上がると、対照的にのんびりと降りてくる生徒たちとすれ違った。

 「うわ、美雲だ。」

 罰が悪そうな表情にこちらも眉をひそめ、つい立ち止まってしまう。
 お揃いのピアスを身に付けた、相楽(さがら)櫂晴(かいせい)音坂(おとさか)楽久(がく)を中心とした数名の男女の団体。
 その全員の肩にはカバンが掛けられていた。

 「もう、授業始まるよ?」

 本音を言えば、苦手なのだけれど。怖いし、関わりたくないのだけれど。
 立ち止まってしまったからには、黙って去ることも出来ず、そう告げる。
 口から飛び出した言葉は、想像していたよりもずっと淡々と冷徹に響いた。

 「うん。早く行かないと遅れるんじゃない?そんなに息荒くして、急いでたんでしょ?」

 相楽櫂晴と音坂楽久は、嘲るような笑みを零した。
 それに同調するようにクスクスと潜めた笑い声を上げる女の子たちに、悔しくなる。

 正しいのは私のはずだ。
 なのにどうして、こんな惨めな気持ちにならなければいけないのだろう。
 この集団は、正しいはずの私を否定する。
 だから苦手だった。
 違う世界だと、遠ざけることで自分を正当化したかったのかもしれない。

 「サボるのとか、良くないと思う」

 身体は震えそうな程緊張しているのに、出る声は凛と澄んでいた。ほんの少しの自尊心がギリギリで私を支えていた。