だけど、その声は、絶対に揺らがないと高い高い壁を表す。

 「で、でも……私は本当はずっと」

 ずっと逃げてきた。

 母の言う通りに、良い生徒で良い娘でいたくて。
 私の将来を案じてくれている母を安心させるためにも、真っ直ぐ生きようと、これが正解なのだと言い聞かせて。

 ずっと、間違えないようにと唱えながら、自分の本当の気持ちから逃げていた。

 「本当は嫌だったって?私が進める将来が間違っているって言いたいの?」
 「違う、そうじゃない」

 苦痛だと思ったことはなかった。
 だって私はそれが正しいと信じて疑わなかったから。

 でも……

 話し合いは平行線だった。
 正確に言えば、こうと決めた理想を崩さない母に、太刀打ち出来なかった。

 結局、私は母を納得させるということからまた逃げてしまった。
 自分の意思を変えるつもりなんて、もう全くないのに、表向きは母の望むいい子でいたくなる。
 幼い頃から染みついたその思考回路は、簡単には治らないみたいだった。

 「もういい、もう分かったから、ごめん」

 静かに席を立った私に、ほんの少しだけ母の表情が動いた。
 「言い過ぎただろうか」そんな後悔が読み取れたのに、私は気付かないふりをしてリビングのドアを開けた。
 そんな態度が、私に出来る小さな抵抗だった。

 「お母さん。私は、お父さんとは違うよ」

 そして私は、触れてしまった。
 これまで、気付いても決して触れなかった。お母さんの逆鱗に。
 気付いていながらも……。言ってはいけないと自覚しながらも言ってしまったのだ。

 子供心が邪魔をした。自由奔放な彼に触発された、私自身の年相応のわがままが、溢れ出てしまった瞬間だった。