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 塾がお休みの日、晴れた空に顔を綻ばせながら私は河川敷に向かっていた。

 今日は明るいうちに帰れた。
 きっとまだ、櫂晴も練習しているだろうから、様子を見ていこう。

 櫂晴の練習姿を見るのは、私の楽しみになっていた。
 そこで参考書を開けばいつもよりもずっと集中できて、自分のことも好きになれる。
 彼への恋心を自覚しつつあった私にとって、ふたりの時間は、大切な時間だった。

 辿り着いた河川敷には、2人の男の子がいた。
 2つの影を認識した私は、土手の上で小さく肩を落とす。

 「今日もいるんだ……」

 ぼそりと小言を漏らすと同時に、こちらを見上げた櫂晴と目が合った。
 背を向けていたもうひとりの人影もこちらを振り返り、小さく手を振られる。

 私は、ため息をついてその土手を降りることにした。

 「おーっす!」
 「やっほ、今日もふたり?」

 彼の練習場では、音坂くんの姿もよく見る。

 ゲームをしていたり、教科書を開いて寝ていたり。自由な彼。
 練習を中断して二人でゲームをして笑いあっている日もあって、邪魔をするなら来なくていいと、私は少し、不快に思っていた。

 「おー!今日もついてきた!」

 明るく彼を受け入れる櫂晴に、私は苦笑いを落とした。
 その隣で音坂くんもひらひらと手を振るので、私は控えめに会釈で返す。

 少し前の、揉め事があったあの日から、私は彼のことが苦手だった。
 親友のような顔をして隣にいるくせに、平気で彼の夢を笑う彼を、正直軽蔑していた。

 「じゃあ俺は帰ろっかな」
 「は?なんで?」
 「今日、予定あり」

 独特なリズム感で会話を重ねた彼は、すぐに背を向けて土手を上がっていた。

 その後ろ姿に少し、ほっとする。

 「今までゲームしてたの?」

 立ち上がった櫂晴に声をかけると、彼は素直に頷いた。

 「あぁ、楽久と一緒にやってるゲームあるんだよ、今ちょうどイベントで」

 言いながらも音楽を探して、スマホをいじる彼に、私は余計なお節介を口走る。

 「邪魔なら邪魔って言った方がいいよ。大事な練習時間でしょ?」

 櫂晴は、スマホから顔を上げ、ほんの少しだけ眉を顰めた。

 「邪魔じゃねーよ、楽久のおかげで俺は練習時間確保出来てんだから」
 「え、なにそれ、どういうこと?」

 彼は、笑うだけで何も答えなかった。
 そのまま練習を初めてしまった彼に、私は腑に落ちないまま参考書を開くことになる。

 音坂くんのおかげってどういうことなんだろう。

 ここにいる時も、学校での時間も、私には邪魔をしているようにしか思えないのに。