「でも、だせえとこ見られたなー……。ダイさんに愚痴りに来ただけだったのに」

 彼の弱音の捌け口はこのお店だったみたいだった。
 不本意だという感情を顕にして頭を搔く櫂晴に、私は首を横に振った。

 「ううん、かっこいいよ。真っ直ぐでかっこいい……私も、そうなりたいと思う」

 気付けばまた、勇気が貰えていた。

 彼の笑顔は不思議だ。絶対に無理だと決めて疑わなかった私にまで、勇気をくれるんだから。

 私も頑張ってみよう。
 そう決めて笑顔を向けると、彼の目が止まった。

 いつになく真剣な表情に、ぼんやりと視線があってほんの数秒。
 伸びてきた彼の右手は私の髪をなぞり、耳へとかけていく。
 そして、表情が読めなくなるほど距離が縮まった、その瞬間。

 「……っ、悪い」

 彼はカウンターを向き直した。私は遅れて状況を理解し顔を真っ赤に染め上げる。

 な、今のなに!?

 心の中は大荒れだった。
 まるでキスをされるかのような至近距離を客観的に思い直し、私はますます顔を真っ赤にする。

 だけど、振り回されるのなんて違う。彼にとってはなんでもないことなんだ、きっとそうだ。

 揺さぶられた心を取り戻すように、深呼吸をした。
 隣を見ると、やっぱり彼は何事も無かったようにカップに口をつけていた。

 「櫂晴って、やっぱり遊び人なの?」

 あまりにも飄々として変わらない彼に、私は少しムッとしてそんなことを聞いていた。

 ゴッとお世辞にも綺麗とは言えない、というか率直に言って汚い音が響き、彼は咳き込んだ。
 漫画みたいに飲んでいた紅茶が霧吹きになることはなくて良かったなと冷静に思う。
 カウンターではそっぽを向いていたダイさんも笑いをこらえていた。

 「……な、何だよいきなり」

 呼吸を整えた彼は、平然としていた。
 ううん、目が泳いでいたから平然とした、ふりをしていたのだと思う。