「なんつって、そんなボクもいるんですよ」

 からりと笑ってこちらを見た彼は、すぐにその笑顔を無くした。
 戸惑っているその表情から、私は勢いよく顔を背けた。

 「は?え、なんで……なんか、あったか?」

 そんな風に戸惑うこともあるんだと、ぼんやりした頭で思う。彼は、驚いた表情でこちらを見つめていた。
 私は、頬を伝っていた水滴を制服の裾で拭いとる。

 「何も無い。私にはずっと、何もないよ」

 だって、何も起こそうとしてないのだから。

 ずっと、私の毎日は変わらない。
 国家公務員になって母の笑顔を見るその日まで、きっと私の人生は何も変わらない。

 だから、彼に夢を見ていた。私の夢まで勝手に彼に被せていた。
 勝手だ。自分は何も出来ないくせに、彼の弱音を聞いて夢が叶わないことを想像して、涙を流すだなんて。

 彼は何も言わず、涙を拭い続ける私を見つめていた。
 心配そうなその瞳に、涙はますます溢れてきた。

 戻ってきたダイさんが櫂晴に焼き芋を手渡す。彼はそれを受け取って、熱々のまま口に放り込んだ。

 「うまっ!やっぱ天才だ」
 「お前の褒め言葉も、天才だよ」

 親しげに笑いあったふたりを見つめていた。

 コンテストがダメだったという悲壮感は、食べられていく焼き芋と同じようにどんどん減っていく。
 隣でパクパクと焼き芋を食べる彼は、あっという間にそれをすべて食べきって元気よく両手を合わせた。

 「美味かった!!よし!練習する!!」

 勢いよくそう宣言した彼に面食らった。
 その表情は明るく、見慣れた輝かしい櫂晴の笑顔だった。見つめていると、片手で頭を押され、乱暴に撫でられる。

 「見んなばーか!」

 子供みたいだ。
 ぐしゃぐしゃに乱された髪を気にすることなんてなく、笑ってしまう。
 潤んだ瞳で頬を弛めた私を、彼は温かい目で見つめた。

 「こういう日もある。だけど美味いもの食って、少し弱音を吐けば、また前を向ける。諦めなきゃなれないことなんて無い。俺はやっぱりそう信じてる」

 途端に私の胸に集まっていたたくさんの雲は散り散りになって流れていった。
 太陽だ。彼の笑顔は本物の太陽。

 私も、私の夢を諦めたくない。
 真っ直ぐな感情が差し込んでいた。