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 「本日の天気をお伝えします」

 食パンにバターを塗りながら、ニュースキャスターの声を聞いた。

 「あら、今日は雨降りみたいよ。傘忘れないようにね」

 バタバタと自分の準備を進めていたお母さんは、流されているだけのテレビに目を向ける。
 私が物心つく前に離婚したという父は、幻の人のようで、私には実感のない存在。
 働く母親ひとりの子育てで、特に不自由なく生きてきた私には、朝の慌ただしさは慣れっ子だった。

 「……天気予報士って、やっぱり大変なのかな」

 ふんわりとそんなことを呟いていた。
 顔見知りのような天気予報士に初めて触れた私。

 不自然だっただろうか……。

 なんでもないように言いながら心臓は不穏に動いていた。

 「大変なんじゃないの?でも凄いよね、毎日出れるなんてそんなにいないと思うよ」

 母は、尊敬するような言い方をした。
 頭から否定をされると思っていた私は、もしかしてと少し期待をした。
 毎日大きく夢を語る彼に、影響を受け、都合の良い想像をしてしまっていた。

 「私でも、頑張ったらなれるのかな」

 結局、冗談染みた言い方しか出来なかった。
 それでも私が呟いた言葉に、母は驚いたようにこちらを向いた。

 ……間違えた。

 咄嗟に思うけどもう遅い。
 母は、テレビを切って大きな音を立ててリモコンを机に置く。そのまま荷物を肩にかけて立ち上がった。

 「馬鹿みたいなこと言わないで。あんなのほんのひと握りの特別な人しかなれないんだから。堅実に生きるのが幸せへのいちばんの近道なの」

 言葉は強かった。

 夢追い人だった父親に捨てられた。その過去が、母の頭を固くしていることを私は嫌という程知っていた。

 知っていたのに地雷を踏んだ私は、後悔の念に襲われる。
 身の程知らずだった。冗談でも触れるべきじゃなかった。

 「冗談だよ、模試頑張るね」

 私は笑顔を貼り付けて、母を送り出すことしか出来なかった。
 今日も、私は自分の心を閉じ込める。

 今まではなんとも思っていなかったその現実は、私の心に重く重くのしかかっていた。