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 次の日の朝の通学路。

 一度会ったことがある河川敷の道で、彼は私を待っていた。
 すぐに気付いた私は、昨日の気まずさから素通りしようと足を早めた。

 「待てって」

 分かりやすく顔を背けた私の腕を掴み、引き止めた彼に、私は反射的に謝った。

 「昨日はごめん、勝手な正義感で突っ込んだ。大事な友達に、酷いこと言ってごめんね」

 一晩寝かして、たどり着いた答えだった。

 私だったら悔しい、きっと心が折れてしまう。
 でもそれは、所詮私の感情で、彼が大丈夫だと言うのならそれ以上踏み込むべきじゃない。

 早口で謝罪を述べ、手を振り払って前へと進む。
 だけど、腕を離さない彼の強い力でそれは適わなかった。

 進むことが出来ない足を止め、私はゆっくりと振り返る。
 その日初めて見た彼の顔は、真剣な表情をしていた。

 「確かに、俺らはあれが普通だ。あいつらが俺の夢を無理だって笑っているのは知ってるし……。
 俺はそれでも大丈夫だから、華梛は心配しなくていいから」

 改めて伝えられると、私の出しゃばった正義感が恥ずかしくて、消えたくなる。
 耐え難い感覚が身体中を駆け抜けて、私は耳を塞ぎたいほどだった。

 「もう分かったから」
 「でも……嬉しかった。初めて、俺の夢真剣に応援してもらえて、本当に嬉しかった。ありがとう」

 耳を塞ぐ私を遮った彼は、私に向かって深く頭を下げた。

 「え……?」
 「それが言いたかっただけだから。引き止めて悪い」

 珍しく目を逸らしながらそう言って手を離した彼。
 私はその言葉にしばらく固まっていた。

 もう歩き出せるのに、引き止められていないのに。
 私は歩き出さず、小さく俯いた。

 誰がなんと言おうと、彼が嬉しいと思ってくれたのならそれでいい。私の応援が伝わっていたことが嬉しかった。迷惑じゃなかったことが嬉しくて仕方ない。

 嬉しくて嬉しくて、緩む頬を抑えることに必死だった。
 俯いたまま動かない私をきっと相楽くんは不審に思った。

 「華梛?」

 不安そうな声で顔を覗き込まれ、私は諦めて彼の顔を見つめた。

 「櫂晴が、嬉しかったのなら良かった」

 彼の目を見てそう伝えた私は、どんな顔をしていたのかは分からない。
 だけど「櫂晴」は、その私の表情を見て本当に本当に驚いた顔をしていた。