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 「なにそれ」

 教室に入った途端、抜き取られた模試結果。
 あっという間に手からすり抜けて行ったそれに、目を追うことさえできず、私はその場に固まった。

 「うぉ!すっげえこれ国立だろ!?もっと上行けんじゃねーの!」

 奪い取った犯人の彼は、A判定という文字に目を輝かせた。

 「ちょっと、相楽くん……!」
 「お前やっぱ、すげえって!俺Aなんて初めて見た!もっと行ける!絶対叶うよ!」

 慌てて追いかけると、すぐにその紙を返してくれた彼。真正面からの笑顔から逃げたい気持ちに襲われる。

 私は、そんな真っ直ぐに生きられない。
 私になんて見合わない、高すぎる夢を、目指すだなんて言えない。
 そんなことを知られたら身分不相応だと笑われるに違いない。

 苦しくなっていく心は、コントロールが効かなかった。

 なのに、どうして……。
 みんな、希望を持たせるようなこと言うの?
 私は現実を見て、将来のために、自分のために、心に蓋をしてきたのに……。

 「私は、この大学に行くの!ここの経済学部に入るために、勉強をしてきたの!」

 自分を守るためだった。
 これ以上何かを言われれば、私が必死で守ってきた常識が崩されるような気がした。

 捲し立てた私に、相楽くんは眉を下げた。雨宮くんも近くにいた七星も、驚いたように目を見開く。
 だけど、私は目の前の相楽くんの顔に目を奪われた。不満げで、残念そうな顔に、ぎゅっと心臓が押し潰されるように苦しくなった。

 私は間違ってない……、なのになんで……。

 自分が惨めに感じ、俯いた。

 「まぁ……馬鹿な俺には分かんねー世界か」

 笑った相楽くんの笑顔の中には、失望が見え隠れしていた。
 誰にだって、好意的な真っ直ぐな笑顔を見せるはずの彼らしくない表情。

 こんな時ばかりどうしてそんな顔をするの?責められている気分になるじゃん……。
 私は、彼とは違う。そんな風に自分に自信を持てない。それなのに……。

 取り残された私の胸は密かにどんよりと陰っていった。