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 ずっと信じて疑わなかった常識を、ひっくり返された気持ちになっていた。
 帰ってからも、お腹のどこかに居座っているわだかまり。

 気付けば私は、本棚の奥に眠っていた参考書を取り出していた。

 気象予報士になるための、参考書。
 必要ないと思っていた。
 だから目に入らない場所にしまっていた1冊だった。

 「華梛?模擬試験の結果届いてるよ?」

 トントンと叩かれた扉に、私は開きかけた参考書をパタンと閉じ、慌てて同じ場所へとしまい込む。

 「どうだった?」

 答えると、すぐに開かれた扉から母が顔を覗かせる。その手には、既に開封された封筒と、その中に入っていたのであろう1枚の薄い紙が挟まれていた。

 笑顔で手渡されたその紙を開く。
 そこには、第一志望から第三志望までのすべてにA判定という文字が刻まれていた。

 第一志望で書いたのは、家から通える距離の国立大学経済学部。
 国立だから、ある程度の学力は必要だけど、決して名門の大学では無い。
 第二志望と第三志望は、そこから更にランクを落とした私立大学。滑り止めに受ける予定の2校だった。

 「凄いじゃない!心配ないわね」

 私が紙を開くと同時に、嬉しそうに声を上げた母の笑顔に安心する。

 女の子でも、働いて自立した生活力を身につけるべき。公務員なら、安定してて安心だ。
 これが、幼い頃から聞きなれた母の口癖だった。

 女手ひとつで私を育ててきた。そんな母だから、苦しい現実を知っているのだと思う。
 私は、母の努力のおかげで他の子と変わりない毎日を送っていた。そんな母を尊敬しているし、自慢の娘で居続けたいと思っている。

 だから私は、公務員になって安定した収入を得て、家庭を持って生きる。
 その為に国立大学へ行けるように今は勉強を頑張らなければいけない。
 それが私の幸せで、家族もそうなることを望んでいるのだから。

 私には、叶わない夢を追いかけている暇はない。確実な道に進まなきゃ。

 一度手に取られた参考書は、その日もう一度触れられることはなかった。