「美雲。今日残っていかない?ここ進めたくて」

 大人な雰囲気を感じる落ち着いた声に、私は顔を上げた。目の前に立つ雨宮(あまみや)くんを認識し、友人たちも会話を止める。

 雨宮くんは、眼鏡を掛けていかにも秀才という雰囲気をもつ男の子。優等生という括りでは同じタイプなのだけど、彼だけは少し違って生徒からも教師からも一目置かれている。

 「うん、いいよ。私も聞きたいところあったんだよねー……」

 こんな風に気軽に言葉を返すことは、入学して1年程は気が引けてしまうほどに彼は優秀だった。
 雨宮くんは、学業推薦で県内一の高校から声が掛かっていたという噂がある。その推薦を蹴って、家庭の都合でこの高校に入学したのだ。
 それほどまでに圧倒的だと、周りの私達だなんて小馬鹿にされてもおかしくないのだけれど。

 「それは助かる、美雲がいると捗るから」

 落とされた優しい笑みから滲み出る彼の穏やかで温かなひととなりが、私たちを自然な友人にさせてくれた。
 もちろん、賢くて頼り甲斐のある彼は、一定数の生徒から人気もあるのだと聞いている。

 「そんなの、こっちの台詞だよ」

 理数系が得意な彼と、文系には強い私。苦手なところを補える存在はとてもありがたい。
 彼と一緒に勉強をするようになって、理数系の成績が伸びたこともあり、定期テストでは、トップを争える関係値になっていた。
 勿論、総合的な力が試される模試では全然適う相手ではないのだけど。