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 「わり、ちょっと抜ける」
 「えー!?櫂晴ー!?」

 お昼休み。
 賑やかだった教室後方の集団から、相楽くんが出ていく声が聞こえた。

 「行ってらっしゃい」

 音坂くんが、彼を追おうとする女の子を足止めするように、目配せをする。
 人気者の彼がひとりになる、本当に珍しい瞬間を目撃した。

 これは、千載一遇のチャンスかもしれない。

 私は慌ててひと口かじったコロッケをお弁当箱に戻し、蓋をする。

 「え、華梛?」
 「ごめん!ちょっと行ってくる!」

 まだコロッケの残る口元を手で隠しながらそう告げた私に、一緒にお昼を食べていた七星も友人も皆驚いていた。
 噛むのもそこそこに教室を出て後を追う。
 慌ただしい足音に目敏く気付いた彼は、思いのほか早く振り返った。

 「なに?俺に何か用?」

 おどけたように腰を屈め、私と視線を合わせる彼。
 分かっているくせに適当に誤魔化す彼は、今日もまともに取り合ってはくれないようだ。

 「相楽くんは冗談だって言ってたけど。私、テスト問題の予想も得意だし、赤点回避くらいなら本当に力になれるよって……思って……」

 はっきりと発声したはずなのに、語尾が弱くなったのは、彼の鋭い視線に驚いたからだった。

 「美雲はさ」

 ずっとへらへらとかわされていた。
 そんな人から急に真っ直ぐ見つめられるのは、想像よりもずっと落ち着かない気持ちだった。

 「なんで、そんなに親切なの?」
 「え……?」

 もう一度顔を上げると、彼はいつものようにへらりと笑っていた。
 ただ「親切」と言いながら、表情は少し迷惑そうだった。読み取れてしまったその感情に私は口をとざす。

 「普通放っておくでしょ。美雲には関係ないし。先生に言われたから?」

 黙っている私を追い詰めるような問いだった。
 声は柔らかなのに、確かに感じる威圧感に慄いた私は直ぐには応えられなかった。

 「だって……このままだと困るのは相楽くんなんだよ。先生だって心配してるから私にも頼んで……」

 やっとの思いで口にしたその場しのぎの理由は、あっという間に言い返された。

 「だとしたら、俺、困らないから。入試受かんなくてもぜんっぜん困んねーの。だからそれ、間違い。俺のためなら必要ないから。」