⋆*
 放課後、予想通りではあったけれど、彼は残らなかった。

 「あっ、ねえ、相楽くん!」
 「ごめんね、先約があるんだ」

 罪悪感なんて全く持っていなさそうに、親しそうな男女の団体で教室を出ていく彼。

 元々気乗りはしていなかったのだけれど、先生の手前、状況くらいは確認したかったのだ。
 少ない勇気を振り絞ったのにも関わらず、見事に空振りに終わった現実に、私は肩を落とす。
 見送ることしか出来ず、廊下を見つめて立ち尽くした私に、声をかけたのは雨宮くんだった。

 「相楽になんの用だったの?美雲、あいつらのこと苦手でしょ」

 今日はもう真っ直ぐ帰るのだろうか、リュックを背負った状態で現れた彼を私はゆっくりと見上げた。

 「え……あ、苦手なんて言ってたっけ……あはは」

 心の中ではその通りだと頷く私だった。
 だけど、少なくともお似合いだと囁かれ、なんとなく異性として意識している相手の前で人の悪口は言いたくない。
 取るに足らない見栄を張り、下手くそな誤魔化しを精一杯にぶつけると、雨宮くんは呆れたような笑いをこぼした。

 「分かるよ。美雲、意外と分かりやすいし」

 その温かな瞳に、私の心は浄化される。
 苦手だとか、理解できないだとか、酷いことを思う心すら受け止めてくれるような、寛大な心を匂わせる瞳は、やっぱり私を安心させた。

 「相楽くん、成績結構まずいみたいで。様子見てくれないかーって頼まれたんだよね」

 彼は、不思議そうだった。確かに事の詳細を知らなければ、不可解なことだろう。
 だけど、あの日の出来事を詳細に話すことは、何故か出来ず、私は曖昧に首を振る。

 「何それ、そんなの俺に頼めばいいのに……。俺から先生に言っておこうか?」

 困っている人を見かければ、必ず手を差し伸べる。
 優しい雨宮くんに甘えてしまいたい気持ちもあったけど、妙な責任感が邪魔をして私は首を振った。

 「ううん、大丈夫。ありがとう」

 こういうところが、可愛げがない部分だと思う。内心は今すぐにでも解放されてしまいたいのに。
 だけど、周りを頼りにして生きるような甘えたな人間にはなりたくないという些細なプライドが邪魔をした。
 それに、中途半端に知ってしまった相楽くんを放っておけない。
 凝り固まった正義感は私を妙に積極的にさせていた。