⋆*
 「相楽くん、今日の放課後残れる?」

 気持ちは憂鬱なままだった。
 彼はどうしてこんなにも人気者なのだろう。
 一斉に集まった視線に、顰めそうになる顔を引き締める。

 「え?なに?美雲からお誘いなんて、俺ドキドキしちゃう」

 軽々しい冗談が投げかけられ、片方だけくいっと上がった口角。
 整った顔をしている彼のその表情は、人によってはさぞ魅力的に見えるのだろう。

 しかし、私は頭を抱えたい衝動に駆られていた。

 そんなつもりは毛頭無いし、こちらからもお断りなのだ。それでも、彼の周りにいた女の子たちからは不満げな視線が突き刺さり、居心地の悪さを助長する。

 「相楽くんが言ったんだよ。私に勉強を教えてもらうって。先生にも頼まれちゃったし」

 妙な疑いを払拭するように、分かりやすく説明する。
 相楽くんは、隣にいた音坂くんと顔を合わせ、パッと笑顔を向けた。

 「あーあれ?冗談だって!本気にしちゃうなんて可愛いね〜!」
 「美雲って、そんな純粋な感じなんだ。なんかちょっと、いいね」

 音坂くんもにこりとこちらに微笑む。
 相楽くんとは少し違う、含みのある穏やかな笑顔に、私は何故か恐怖に似た感覚を抱いた。
 彼らの揶揄う口調は直ぐに周りにも伝染する。

 「やめなよー、美雲さん本気にしちゃうよ?」
 「ごめんね、乗せるの超上手だからさ!」

 私は、馬鹿にされているような空気に顔を熱くさせた。

 ああ、上手くいかない……。

 先生の期待を裏切れなかったつい数分前の行動を、私は凄まじく後悔していた。