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 「ね、ねえ、本当にいいの?」

 関係者以外立ち入り禁止の柵を越え、ずんずんと進んでいく彼に、私は辺りをきょろきょろしながら進む。

 「変わんねーのな」

 不安げな私を笑い飛ばす彼に、私はムッとして返した。

 「そっちこそ」

 櫂晴がいいって言うからってのこのこ着いて行って、怒られるとかありそうだもん。
 勝手に良いって思ってるとこあるじゃん。
 そういうところ適当なの、私知ってるもん。

 「今日は大丈夫、ちゃんと許可もらってんだから」

 私の気持ちを見越した言葉に、私は目を見開いた。

 小さな気遣いを感じる言葉に、なんだか少し、大人になっていそうな雰囲気を感じた。

 すぐ前を歩く彼からは、消えかけた香水の香りがした。
 それと汗が混じるのは、放課後の練習の時間を想起させた。

 過去として消化したはずの、忘れられなかった想いが鮮明に湧き上がる。
 どうにも落ち着かない心が苦しくて、私は不自然に深呼吸を繰り返した。

 櫂晴が入って行ったのは、ダンサーの楽屋だった。

 「あれ、知り合い?来てたんだ。初めまして」
 「ここ地元なんすよ」
 「まじ?今日中日だし飲み行くかって思ったけど、不参加?」
 「今回はさーせん!つか明日終わったら打ち上げって言ってませんでした?」
 「それはそれ、これはこれ。よしじゃあ行くやつ行くぞ!」

 慣れた会話が目の前で繰り広げられ、私はその会話を目で追っていた。

 さっきまでステージで輝きを放っていたダンサーさんたちが目の前にいると思うとなんとなく緊張する。

 櫂晴以外の3人は、さっと荷物をまとめて立ち上がった。

 入り口付近で突っ立っていた私は、邪魔にならないようにと、ほんの少し楽屋へ足を踏み入れた。

 「この辺なら季節の家ってとこ、おすすめっす。夜はバーなんで、2件目に是非」

 櫂晴がおすすめしたのは、懐かしい名前だった。
 その名前を聞くだけでギュッと締まるような感覚がする胸に手を当てる。

 櫂晴は、こちらをちらりと見て、含みのある笑みを見せた。
 あの頃の思い出は、櫂晴の顔を見るだけで、十分すぎるほど鮮明に思い出されていた。