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 退場の人混みを避けたくて、私はしばらくの間席に留まっていた。

 人がいなくなった舞台はなんだか淋しくて、さっきまであんなに輝かしく光っていた会場が、名残惜しかった。

 「美雲さんですか?」

 突然声を掛けられて、私は肩を震わせた。
 振り返ると、そこには、ライブのTシャツをきて帽子を目深に被ったスタッフさんがいた。

 「え……あ、はい」

 準レギュラーを貰ってから、時折声をかけられることがある。
 その時の癖が抜けず、私は少し顔を伏せ、お辞儀をした。

 「少しお残りいただけますか?」

 けれど、私は勢いよく顔を上げた。聞き覚えがあったのだ。
 堪えきれない楽しさを滲ませる、少しふざけた声に。

 「……櫂晴?」

 スタッフにしては目深に被った帽子が怪しい。
 当てずっぽうでは無かった。

 上がった口角に、私は確信した。

 「やっと会えた」

 帽子を外して髪を振った彼は、昔と変わらない笑顔を向けた。

 短髪になった。当時よりずっと好青年に見えて、体つきも分厚くなった。
 だけど、この先ずっと、見間違えることの無い人。

 元々、素晴らしいバンドに出会ってしまったせいで、私の涙腺は既にゆるゆるだった。
 それを言い訳にしたかったけど、言葉も出ないまま、私はポロポロと涙を零した。

 「あの人、今日のダンサーさんに似てない?」
 「えー?こんなとこ居ないでしょ!」

 そんな声が近くから聞こえ、私は、ハッとする。

 「櫂晴!」

 焦った声で小さく名前を呼ぶと、彼は動じてなどいないゆっくりした動作で再び帽子を深く被る。

 「ほらスタッフの帽子だよ。違うじゃん」
 「えー、似てると思ったのになあ!」

 退場していくファンに、安心して息をつく。

 「こんなとこ出てきちゃダメじゃん…!」
 「大丈夫だろ」

 難しいことなんて考えない。
 常識なんて関係の無い。

 周りを困らせるような自由奔放な彼の姿さえ懐かしくて、私は口角を上げた。