⋆*
 コンテストが終わる頃、私はまだ楽久くんの病室にいた。

 午前中はリハビリに付き合うつもりで来ていた。
 昼食の時間になり、帰ると伝えた私を、楽久くんが呼び止めたのだ。

 「ここで勉強してたら?きっと、コンテスト終わったらあいつ、ここ来るから」

 結果が気になって、そわそわしていた心はお見通しだったようだった。

 私は眉を下げて、楽久くんに笑いかけた。
 それに応えるように、目を伏せた彼は、穏やかに笑っていた。

 楽久くんの予想通り、18時頃になって、病室のドアは開かれた。

 静かに勉強をしていた私と、何やらイヤホンをして動画を見ていた楽久くんは、開いた扉に目を向けた。

 そこにいた櫂晴は、暗い表情をしていた。

 「だめだった、全然踊れなかった」
 「そっか、でもお疲れ様」

 そう言うことは正直予想できてしまっていて、私は用意していたように呟いた。

 心が折れてしまうんじゃないかと心配していた。
 あんなにも毎日練習して一生懸命やっていた。

 それがこんなにも簡単に崩れてしまうことを知って、彼は、大丈夫だろうか。

 何も言わない櫂晴を、楽久くんは黙って見つめていた。

 「悔しかったんだろ」

 スマホに視線を移した楽久くんから音声が発される。
 顔を上げた櫂晴に、楽久くんは意地悪く口角を上げた。

 櫂晴は悔しそうに表情を歪め、少し間を置いて「ああ」と肯定した。

 「悔しい、上手くなりたい、俺、やっぱりダンスが好きだった」

 苦しそうにそう呟いて、櫂晴はベッドのすぐ隣に膝を付いた。

 「ずっと、そんな資格ないって思ってた。俺を庇って怪我をした楽久が苦しんでいるのに、自分の事を考えるなんて、できるはずなかった。
 でも、踊りたい。上手くなりたい、練習したい、ごめん……楽久」

 深く床を見つめる櫂晴には見えていないのだけれど。
 楽久くんは、本当に嬉しそうに笑って、私を見た。

 ピースサインまで作って笑う楽久くんが、温かくて、私の目からは涙が零れた。

 私は、櫂晴のおかげで夢を貰った。前を向かせてもらった。
 だけど、櫂晴をそうさせる力なんてなかった。

 楽久くんは凄い。

 もう二度と、夢に向かう櫂晴は見れないのかもしれないと、そんなことすら考えてしまった自分が情けない。

 何も言わない私達に、櫂晴は少しだけ動いた。
 その動きを察知して、楽久くんは彼の頭を押さえつける。

 ギプスのついた肘を器用に櫂晴の頭に乗せ、もう片方の手でスマホを操作する。

 「確かに、俺が轢かれてお前は無傷だった。だからお前には、その怪我をしなかった体で夢を叶える責任があるんだよ。夢を捨てるくらいなら、お前が怪我をすればよかったんだ」

 無機質な機械音で聞こえるその言葉は、櫂晴を責めるようにも聞こえる言葉。
 だけど、それを打つ楽久くんは本当に楽しそうで。

 「ああ!ギプス硬てえんだよ!!」

 そう言って、ギプスを避け、勢いよく立ち上がった櫂晴にもまた、楽久くんの心は伝わっているようだった。

 「俺、今日から本気で練習する。すぐに調子戻して、夢追っかける。だからお前も絶対に治せ」

 強く言い切った櫂晴に、楽久くんは挑戦的な目で微笑んだ。

 ダイさんが、あいつらは特別だと言ったのを、思い出す。
 本当にその通りだった。お互いがお互いを大切に思う気持ちが、彼らを強くさせているんだ。

 そんな関係値を見ているだけで、私も頑張れる気がしてくるのだから、やっぱり不思議な人達だった。