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 コンテスト当日、休日だったその日。
 彼は病室に現れた。

 楽久くんは驚いた顔をしていた。

 お前今日……!

 声は出なかったけど、その言葉は表情だけで読み取れた。

 私は、櫂晴が病院に来ることを、なんとなく気付いていた。

 練習が上手くできていない。
 集中出来ていない、彼の姿を見ていたから。

 私の力不足が、ただただ申し訳ない。

 「……で……」

 掠れた声が聞こえ、私と櫂晴は顔を上げた。

 楽久くんは、怒っていた。鋭い目で櫂晴を見つめていた。

 「………」

 荒い息遣いから、何かを伝えようと必死で声を出そうとしていることが伝わって来た。

 「楽久くん」

 無理をさせないようにと、肩に手を触れる。
 それを、振り払うように、身体を動かした彼の目には涙がにじんでいた。

 声が出ないことの悔しさか、夢を諦めてしまった櫂晴へのやるせない気持ちか。
 どちらにせよ、苦しいほどの本気の気持ちが伝わって、見ている方が苦しくなる。

 固く握られた拳が、ベッドの布団を強く殴り、ふわっと細かい埃が舞った。

 「……ぃ……けよ!!」

 声が、出ていた。

 私と、櫂晴だけではなく、楽久くん自身も驚いたように、自分の喉に触れた。
 目を丸くした瞬間に、溜まっていた涙がすっと彼の頬に流れるのを見た。

 「……ーー……」

 吐き出されたのは、空気だけで、声が出るようになったわけではなさそうだけど。
 はっきりとした音が出たのは、事故以来初めてのことだった。

 俺はもう大丈夫だから。

 そう伝える楽久くんの目に、櫂晴は、勢いよく病室を飛び出して行った。