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 ふたりきりになった病室で、私はしばらくリハビリに付き合っていた。

 舌の一部機能低下で声が出にくいのだと、少し前に家族から聞いた。

 身体と同じでリハビリをしたらきっと治る。
 時間はかかるかもしれないけどきっと大丈夫。

 最近は、小さいけれどほんの少しかすれた声が聴ける日も多くなった。

 気を抜くと不安に襲われる自分を保つために、心の中で何度も何度も言い聞かせていた。

 「今日はもう休もうか」

 お水を渡すと、彼は小さく頷きスマホを手に取った。
 何かを打ち込む手を見つめていると、突然機械音が流れる。

 「美雲、ありがとうな」

 淡々としたロボットの声が流れ、私は首を振った。

 「ううん、私は何も」
 「いつも真っ直ぐに櫂晴のこと、応援してくれて」

 思っていたのとは違う感謝の理由が流れ、私は驚く。

 「こんなことになるのなら、美雲の言う通り伝えておけばよかった」

 ぽちぽちとスマホを打ち続ける彼の手元を見つめる。

 「応援してる。
 心から願ってる。
 絶対に叶うって信じてる」

 こんなにも温かいのに。
 楽久くんの、櫂晴を応援する気持ちは、これまでの様子で痛いほど伝わっているのに。

 その心とは伴わない無機質すぎる声に、ぽろりと、涙が零れた。

 「美雲は、素直になるべきだってずっと言ってくれてたのに」

 次々とこぼれ落ちて、止まらない涙。
 辛いのは、楽久くんなのに、私がこんなに泣いてちゃダメなのに。

 必死で拭って隠そうとする私を見て、楽久くんは眉を下げて笑った。

 「言葉なんてなくても伝わってるってそれを言い訳にしてたけど。ただ恥ずかしかったんだ。
 今更素直になるのなんて照れくさくて、いつも冗談交じりで馬鹿にしてた」

 思い出していた。

 櫂晴の夢を楽しみにしている私に温かい笑顔を向けていた。
 櫂晴の練習姿を幸せそうに眺めていた。

 きっと楽久くんは、私なんかよりずっと長い間、彼の夢を一緒に見て追いかけていたんだ。

 不器用な応援の仕方で。

 「俺のせいで、ここまでの努力をダメにしてほしくない。美雲が櫂晴の隣にいてくれて安心してた。俺が出来ない伝え方で、真っ直ぐに応援してくれるから、嬉しくて。頼む、これからも見ててやって」

 楽久くんの想いが苦しかった。

 櫂晴は、楽久くんが大切で自分の夢よりも優先している。
 楽久くんは、櫂晴の夢を自分の夢のように応援している。

 その、思い合っているからこそのすれ違いを正すのは、私には荷が重すぎる。

 「楽久くんに言われたら、すぐ立ち直れるよ」

 「声が出るようになったら次こそは絶対に、自分の声で伝える。だからそれまでは、美雲に託させて」

 そう文字を打って頭を下げる彼に、私は涙をこぼすことしか出来なかった。

 「任せて」なんて、言える自信がなかった。