人間とあやかしが共存するこの世界では、異能を持って生まれてくるのが当たり前だった。
 特に優秀な異能持ちを輩出し、世の中に貢献してきた由緒ある名家――藤堂(とうどう)家は、主となり進めた事業はすべて大成功を収めるなど、手腕だけでなく強運を引き寄せる異能を持つ者が多い。どんな勝負事にも負けず、生涯困らないほどの金を手に入れ、不自由なく幸せに暮らせる――そんな夢のような強運を招く異能は、多くの者が喉から手が出るほど羨ましがられるものだった。

 そんな藤堂家にある日、二つの命が誕生した。
 双子の姉妹はすくすくと成長した。笑顔の可愛らしい、どこにでもいる仲の良い姉妹だ。
 しかし、異能が判明する五歳になると、集まった両親と親族は結果を見て愕然とした。
 双子のうち、姉の百合子(ゆりこ)は『幸運の異能』と呼ばれる最も強い運を呼び込む能力を持っていた。その場にいるだけで世に安寧をもたらす存在、そんな異能を持って生まれた子どもは、どの名家を調べても出てこない。
 さすが藤堂家だと誇らしく思ったのも束の間、次の瞬間には多くの者が頭を抱えた。

 双子の妹である椿(つばき)は、異能を持たずに生まれてきた、ただの無能だった。


 月日は流れ、十二年の時が過ぎた。

「椿、椿はどこ!」

 日差しの強い夏の日のこと。藤堂家の屋敷では、薄紫色の美しい着物で着飾っている百合子が部屋の中から妹を呼ぶ声が響いた。社交の場では「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花」とはまさに百合子であると謳われるほど美しく成長した。しかし、所詮は表の顔。家に戻れば、使用人を顎で使い、無茶なことばかり押し付けてくる。

「椿、さっさと来なさい!」

 そんな百合子がまた声を荒げると、廊下を慌ただしく小走りでやってきた少女が怯えながらも部屋の戸を開いた。使用人と同じ紺色の着物姿の少女――椿は、百合子の双子の妹である。黒のひっつめ髪はところどころ乱れており、百合子よりもやせ細っていた。掃除中だったのか、額にはうっすらと汗が浮かんでおり、頬に煤がついていた。

「遅いわ! 相変わらずどんくさいわね」
「申し訳ございません……」
「謝るくらいなら私に誠意を見せたらどう? それより、頼んでおいた髪飾りが直ってないじゃない!」

 椿に投げつけたのは、百合の花が描かれた髪飾りだった。百合子が普段から物を雑に扱うこともあって、つい最近亀裂が入ってしまったらしい。物は妖力を使って直すのが主流のこの時代で、なんの能力を持たない椿には金継ぎして直すしかできず、傷を完全に隠すことは難しい話だった。

「私は一言も傷を隠せなんて言ってないわ。せっかくお母様の形見でもらった美しい百合の花が台無しじゃない。どうしてくれるの?」
「……申し訳ございません」
「ま、いいわ。もう捨てようかと思っていたし。あなたにあげるわ。……ああ、でもその作業着には似合わないわね」

 そう言って片手で下がるように言うと、百合子は新しい髪飾りを見繕い始めた。

(これで何度目かしら)

 部屋を出て持ち場に戻る椿は、先程投げつけられた髪飾りを見て溜息をつく。最初は手鏡を割り、その次は櫛、扇子、ティーカップ。他にも数えきれないほどの量を壊しては、無理難題を椿に押しつけてくる。すべて椿を揶揄うためだけのものだ。言われたようにしても罵られるのは今に始まったことではない。

 それぞれの異能が判明したあの日以来、一族は両親も含め、百合子と椿との接し方ががらりと変わった。
 百合子はあれよあれよと周囲に愛され、甘やかされ、懇切丁寧に大切に育てられてきた。彼女の我儘を親族たちが甘やかしたこともあって、最近では傲慢な態度が目立つようになってきたが、それに対して周囲がとやかく言うことはない。すべては藤堂家を存続させるため。『幸運の異能』を持つ百合子を家に留めておくためだ。

 一方、椿は無能だと判明したその次の日には、離れの小屋に押し込められた。
 決して外には出してはもらえず、家の中だけで基礎的な勉強と作法を半ば強引に叩きこまれ、六歳になると使用人と混じって屋敷の掃除や食事の用意をするようになった。ともに働く使用人たちと最低限の会話はするも、両親や親族は誰も椿と接することはなかった。

 一度だけ、愛情欲しさに母に縋ったことがある。しかし、母は泣きそうになるのをぐっとこらえて言った。

『椿、ごめんなさい。すべてはあなたのためであり、藤堂家のためなのよ』

 そんな母も、二年ほど前に病でこの世を去った。形見分けはほぼ百合子と伯父夫婦が持っていき、椿の手元には小さく赤い椿の花飾りがついた簪のみが残った。母は何を思ってこれを自分に残したのだろう。しかし、そんなことも考える余裕など当時の椿にはなく、使用人として働く日々が過ぎ、今日に至る。
 現在この屋敷には父親と叔父夫婦、そして姉の百合子が住んで生活している。使用人はそれぞれの自宅から通うが、椿の家は変わらず離れの小屋で過ごしていた。

(すべては家のため、か)

 すべては藤堂家を守るため。
 すべては名家の名に泥を塗らないため。――自分が役に立たない無能であると叩きつけられた時点で、椿はこの先の真っ暗な人生を悟っていた。
 無能だと世間から隠すために家の外から出ないようにされていたこともあり、十七歳になっても学校はおろか、外に出ることを許されていない椿は、働きに出て逃走費を貯めることができない。ろくに何かを買ってもらったこともなく、手持ちをあるだけ売り払ったところで、はした金にもならないことは明白だった。

(そもそも家を出たところで行き場所はないし……)

 溜息が出そうになるのをぐっとこらえる。百合子の部屋から離れているとはいえ、誰かに見られでもしたら何を言われるかわからない。椿は髪飾りをしまうと、残っている仕事にとりかかった。