それからどうやって帰ったのかは覚えていない。というか驚きなのは、ちゃんと塾へ行ったことだよね。気付いたら夜だった。
遮断機の点滅が右左右左って、なんか心臓みたいだなって思って、だったらこいつも生きてるんじゃないかなってめちゃ適当なことを考えて、電車が通過していくのを待っていた。
こういうちょっと待つって瞬間は、本当に良くないよね。一日のことを振り返っちゃうから。
髪の毛を乱暴に掻き混ぜた無責任な風は、四角い特急にへばりついて過ぎ去っていった。
バーが上がり始める。そこでなんかこのままじゃダメだって気がした。よくわかんないモヤモヤした気持ちが、ぶわああーって心臓から漏れ出していくようなイメージで、肘とか太ももとかが意味もなく痙攣した。
自分の視線をバーが通過した瞬間に、全部わかった。ああそうだ、これ、この衝動は——爆発だ。
ニューバランスがアスファルトを削って火を噴く。私は一陣の風になった。ぬめりけのある風が腹から胸に蠢いて、制服のリボンがビロンビロン揺れる。それをガッと後ろに回して、ぬめりに胸をまさぐられないように全力疾走した。本気で走れば風もふざけないことを知っている。
付いた先は公園だった。
なんでこんなところに居るんだろう。って思ってたら、宵軒さんが現れた。
「なんでここに?」
私が尋ねると、宵軒さんは微笑を湛える。
「君の涙の音が聞こえたから」
え。ええ? 頬を撫ぜるとビショという感覚が指先に伝わった。マジかよ。泣いてたのかよ。誰か言ってよ。誰も言えねーか。
「と言うか実は君の叫び声が聞こえただけなんだけどね」
「叫んでたの?」
「身に覚えがないようだけど、叫んでたよ」
恥っず。
「なにかあった?」
「ありまくりなんだけど。でも、言ったら余計に恥ずかしくなるパターンの奴。考えて見たら、全部私が悪いよねっていう感じの」
宵軒さんは手に持っていたヘッドフォンを渡してきた。
「じゃあ飛ぶ?」
いやその前にちょっと気になるのは、
「なんで持ってるの?」
宵軒さんは笑って肩を竦める。
「人には役割があるんだよ。僕は君が泣いていても頭を撫ぜたり抱きしめたりはできない。彼氏ではないからね。でも、君がとてつもなく言いようのないなにかに追われて公園に逃げ込んだってのは理解できたし、そんな君にしてあげられることが有るとすればこれくらいしかないんだよ」
「でも、通報されちゃうんじゃない?」
「僕が傍で見ている。そのために僕が居るんだよ」
私はヘッドフォンを装着した。やり方はわからないけど、爆発したいって衝動はまだある。
宵軒さんは隣でスマフォをいじった。
——プツッ。という電子音。
——ピィァーという熱で溶けたホイッスルの音みたいなものが聴こえたと思ったら鼓膜がドコドコドコドコドコドコドコッと揺さぶられてヴォーカルの叫びが私の髪を引っ掴んでブオンブオンと振って来た。されるままに頭を振る。ヘッドフォンを落とさないように押さえた。ニューバランスが砂利を巻き上げながら右に左に。でもドラムの音が私の振動を司っていて痙攣みたいな縦ノリがやめられない。そのやめられなさが嫌ではなくむしろ心地良かった。音が耳から入ってきて、それがつま先や指先から抜けて行く感覚。滞留していたものが流れ出すような。ダムの決壊にも似ているしバスタブの排水栓を抜いたときにも似ている。電気のようなものが流れているようにも思えるしそれは自分の体がただ痙攣しているだけのような気もする。酸素を吸っているのか吐いているのかわからないけどどっちでもいいやって気分でもあって自分が自分じゃなくなっていく感覚がある。
胸に詰まっていたすべてのものが吐き出されていって風を切る度に清々しさだけが滲んで纏わり付く。知らない間に溢れていた涙を両手で押さえて——ヴォーカルが一際大きく叫んだときにその手を広げて涙を弾き飛ばした。私は口を大きく開けて夜空を見つめていた。
ああ、月が近い星が近い私は——
ヘッドフォンで夜を飛んだんだ。
遮断機の点滅が右左右左って、なんか心臓みたいだなって思って、だったらこいつも生きてるんじゃないかなってめちゃ適当なことを考えて、電車が通過していくのを待っていた。
こういうちょっと待つって瞬間は、本当に良くないよね。一日のことを振り返っちゃうから。
髪の毛を乱暴に掻き混ぜた無責任な風は、四角い特急にへばりついて過ぎ去っていった。
バーが上がり始める。そこでなんかこのままじゃダメだって気がした。よくわかんないモヤモヤした気持ちが、ぶわああーって心臓から漏れ出していくようなイメージで、肘とか太ももとかが意味もなく痙攣した。
自分の視線をバーが通過した瞬間に、全部わかった。ああそうだ、これ、この衝動は——爆発だ。
ニューバランスがアスファルトを削って火を噴く。私は一陣の風になった。ぬめりけのある風が腹から胸に蠢いて、制服のリボンがビロンビロン揺れる。それをガッと後ろに回して、ぬめりに胸をまさぐられないように全力疾走した。本気で走れば風もふざけないことを知っている。
付いた先は公園だった。
なんでこんなところに居るんだろう。って思ってたら、宵軒さんが現れた。
「なんでここに?」
私が尋ねると、宵軒さんは微笑を湛える。
「君の涙の音が聞こえたから」
え。ええ? 頬を撫ぜるとビショという感覚が指先に伝わった。マジかよ。泣いてたのかよ。誰か言ってよ。誰も言えねーか。
「と言うか実は君の叫び声が聞こえただけなんだけどね」
「叫んでたの?」
「身に覚えがないようだけど、叫んでたよ」
恥っず。
「なにかあった?」
「ありまくりなんだけど。でも、言ったら余計に恥ずかしくなるパターンの奴。考えて見たら、全部私が悪いよねっていう感じの」
宵軒さんは手に持っていたヘッドフォンを渡してきた。
「じゃあ飛ぶ?」
いやその前にちょっと気になるのは、
「なんで持ってるの?」
宵軒さんは笑って肩を竦める。
「人には役割があるんだよ。僕は君が泣いていても頭を撫ぜたり抱きしめたりはできない。彼氏ではないからね。でも、君がとてつもなく言いようのないなにかに追われて公園に逃げ込んだってのは理解できたし、そんな君にしてあげられることが有るとすればこれくらいしかないんだよ」
「でも、通報されちゃうんじゃない?」
「僕が傍で見ている。そのために僕が居るんだよ」
私はヘッドフォンを装着した。やり方はわからないけど、爆発したいって衝動はまだある。
宵軒さんは隣でスマフォをいじった。
——プツッ。という電子音。
——ピィァーという熱で溶けたホイッスルの音みたいなものが聴こえたと思ったら鼓膜がドコドコドコドコドコドコドコッと揺さぶられてヴォーカルの叫びが私の髪を引っ掴んでブオンブオンと振って来た。されるままに頭を振る。ヘッドフォンを落とさないように押さえた。ニューバランスが砂利を巻き上げながら右に左に。でもドラムの音が私の振動を司っていて痙攣みたいな縦ノリがやめられない。そのやめられなさが嫌ではなくむしろ心地良かった。音が耳から入ってきて、それがつま先や指先から抜けて行く感覚。滞留していたものが流れ出すような。ダムの決壊にも似ているしバスタブの排水栓を抜いたときにも似ている。電気のようなものが流れているようにも思えるしそれは自分の体がただ痙攣しているだけのような気もする。酸素を吸っているのか吐いているのかわからないけどどっちでもいいやって気分でもあって自分が自分じゃなくなっていく感覚がある。
胸に詰まっていたすべてのものが吐き出されていって風を切る度に清々しさだけが滲んで纏わり付く。知らない間に溢れていた涙を両手で押さえて——ヴォーカルが一際大きく叫んだときにその手を広げて涙を弾き飛ばした。私は口を大きく開けて夜空を見つめていた。
ああ、月が近い星が近い私は——
ヘッドフォンで夜を飛んだんだ。